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【バリキャリは本当に幸せなのか】お金事情とプライベートを赤裸々に公開

2019/12/10
 
バリキャリとは
この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

バリキャリとはどんなときも『仕事やキャリア』を重視する女性をさします。新卒でバリキャリになりたいといった言葉も聞きますが、そんなバリキャリは本当に幸せなのでしょうか?この記事では、実際に5年間バリキャリとして働いてきた私が得たもの失ったもの、その先に選んだ決断を、具体的な年収とあわせてご紹介したいとおもいます

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バリキャリの年収、お金事情

バリキャリとは

フィールドによると思うのですが、自身が従事していた「サプライチェーン (貿易、国際物流etc)」では年収はだいたい

  • 24歳 〜350万円
  • 25歳 〜350万円
  • 26歳 〜400万円
  • 27歳 〜450万円
  • 28歳 〜500万円

こんな感じでした。28歳以降は「マネジメント」職の需要が増えていくので、提示される年収は、だいたい450万円〜900万円といったところでしょうか。(※正社員の場合) 私の場合年俸制でしたのでボーナスはないのですが、それでも月に手取りで25〜30万弱もらっていました感覚値でいうと、東京で1人暮らしをしながら貯金をしても、年数回は海外旅行にいく余裕があるイメージです。

バリキャリとはバリキャリとは ヘッドハンティング例(画像:自身もらっているヘッドハンティング例)

また年齢があがるにつれヘッドハンティングが増えていくのも、年収があがる理由のひとつです。

 

バリキャリの働き方をざっくりと解説

バリキャリ女子の働き方

ちなみに一般的にいわれているバリキャリの働き方は、

  • 就職戦線を高学歴で勝ち抜き、総合職として入社
  • 残業もいとわず、男性と肩を並べてバリバリ働き
  • 着実にキャリアを築き上げていく
  • 仕事こそ自己実現の手段と考え、私生活の充実よりも職場での成功やキャリアアップを優先

だそうです(参考:日本最大のHRネットワーク日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/704/)

バリキャリになりたい

確かに自身19時に退社できればいいほうでした。人手不足も重なって、だいたい21時近くまで働き、(中国工場は土曜日も稼働していたため) 休日も家からリモートで仕事をしていました世界中と取引ができることが、面白くてもっと知りたくて、気がついたらノメり込んでいたのです。また海外取引をはじめたばかりの大企業の貿易コンプライアンスの整備や、倉庫の収納率アップのプロジェクトを立ち上げるなど新しいことが面白くてどんどんハマっていってしまった結果お金がついてきた、というイメージです。

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バリキャリになった得たもの

バリキャリ女子の本音

  • 自信がついた (逃げなかった、苦難も乗り越えられると知った)
  • 充分なお金を得ることができた (勉強や海外旅行と、20代のうちにありとあらゆる経験ができた)
  • 経営・マネジメントの心得を学べた
  • 履歴書に堂々とかける経験・スキルが身についた

スキルアップをしていくと「いわれたことをやる」時代は過ぎ去り、「仕事を作り出す」側にまわっていくことになります会社のビジョンを見据えた上で「今会社に必要なことはなにか」を考えて、頭の中にある「考え」を具現化するのです。プロジェクトを進めるにあたって本を読み、上手な人を真似て、試行錯誤して得たこのスキルは、自分の人生を築いていく上でも役立つものでした。

 

バリキャリになって失ったもの

バリキャリは本当に幸せなのか

  • 心身ともに健康を害した
  • ハイスペックな彼氏との将来

定時後はほぼ魂が抜けたような状態だったのですが、「忙しくて1年あっという間に終わっちゃった」となるのは、あまりに勿体無いと思ったのです。「忙しかったけど英語がペラペラになりました」のほうが格好良いなと思い、電車のなかでも、帰ってからも狂ったように勉強をしていましたその結果色んなスキルが身についたわけですが「自分が(精神的に)辛いことを根性で乗り越えて」、「身体的に限界なのに(気合いで)無理を重ねる」ことになり、結果的に身体を見事に壊しました(参考記事:【パニック障害の原因】過労とストレスがマジで危険な理由)

 

駐在員と付き合うも、相手への嫉妬から破局

バリキャリは本当に幸せなのか

日本にいたときに商社に勤めていた方と、同じような経歴を持つことから意気投合しお付き合いをはじめました。しかしその後彼のシンガポール駐在が決まり出世していくへの嫉妬がとまらず…ギクシャクして最終的にお別れしました。ただ年末年始は彼のところで過ごしたり、中間地点 (台湾など) でデートしたりと、色々と貴重な経験ができたのでよかったかな、といまはおもいます。

バリキャリ 恋愛

ぶっちゃけ別れた後より、続けるように努力していたほうが苦しかったです。それに時は「自分だけじゃ物足りない」とおもっていたから、「相手のステータス」を気にしていた気がします。彼にとってもいい迷惑だったでしょう、「一緒に高みを目指す人」より「仕事関係なく心地よく過ごせる人」を求めていたのかもしれません。

 

バリキャリは本当に幸せなのか、そして下した決断とは

バリキャリと幸せ

ざっと、結論を述べますと、正社員でバリキャリを続けると、

  • 年収に比例して責任は重くなりどんどん会社に縛られていく (プライベートの時間がなくなる)
  • 昇給しても税金が増えるのであまり「手取り額」の感覚値は変わらない
  • 朝早く出て夜遅い (太陽を浴びる暇がない) ので人間らしい生活ができなくなっていく

というところでしょうか。もちろん、プライベートと仕事のちょうど良い分岐点を見つけて、楽しそうに仕事をしているバリキャリママさんもいましたので、人にも環境にもよるのだと思います。でもわたしはその生活を何年も続けていくことは無理だと判断しました「悪くはなかった」けど「幸せ」ではなかったからです。専門職 (通訳・翻訳) に切り替え、フリーの仕事をとっていくことにしました。バリキャリ時代も楽しかったけど、プレッシャーからイライラ、カリカリしていた時期もあり、心を失っていくような気がしたからです。

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あとがきにかえて

バリキャリになって気付いたこと

新卒のことは未熟なことも多く、なかなか芽も出ず、それはもう辛かったです。トイレで何度も泣きました。男性と同じフィールドで前線に経っていたころは、気合いでピシっとやってましたけど心の中は悲鳴ものでした。倉庫と物流会社の強面の重鎮を相手にプロジェクトをキックオフしたときのあの怖さと、見事に着地したときの安堵は忘れられません。何度もなんどもやめたいと思いましたけど、「あのとき逃げなかった」という自信がいまの自分を支えてくれている気がします。だから「バリキャリ」「ゆるキャリ」といった言葉にとらわれず、「ありたい自分」を探して、目の前のことを一生懸命やれば、何かしらの結果は必ずついてくるのではないでしょうか。「悪くない」と「幸せ」って似ているようで全然違うんです。なんかモヤモヤすると思ったら、そこらへんから紐解いていってはいかがでしょうか。隣の芝はいつだって青くみえる、他人にみる幸せではなく、自分のさきを見つめてみてください。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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