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【ハプスブルク家とは】かんたん、3分でわかる王朝誕生の経緯

2019/11/07
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

650年以上の長い歴史を持つハプスブルク家マリー・アントワネットの母であるマリー・テレジアをはじめ、さまざまな名君を輩出したヨーロッパの名門一族です。「ラス・メニーナス」で有名な宮廷画家ベラスケス、またモーツアルトなど著名な人物を登用したことでも知られていますね。今日はそんな名門ハプスブルク家のはじまりをみていきたいとおもいます。

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はじまりは、スイスの弱小豪族

ハプスブルク家の始まりは10世紀末ころ、スイスにあった弱小の豪族だったといいます。そして2,3代目がその名の由来となる「ハービヒツブルク城(大鷹の城)」をたてます。12世紀にはいるとこの城を本拠とする子孫が「ハプスブルク伯爵」を名乗るにいたりました。

この当時の伯爵とは

ハプスブルク家 かんたんに

この当時の伯爵は『名乗ったものがち』といった傾向があり、いまの爵位とは違うものでした。ただし「伯爵」を名乗るだけのなにか、秘めた力を持っていたのでしょう。

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ハプスブルク家が表舞台にでる、思わぬきっかけ

(神聖ローマ帝国 帝国王冠)

その証拠にハプスブルク家はひょんなことから、表舞台に登場します。ときは13世紀当主だったルドルフが「神聖ローマ皇帝の座(このときはドイツ王も兼ねていた)」に偶然ついたのです。まさに棚ボタと言わんばかりの展開でした。諸侯たちの足の引っ張りあいで20年近く空席だった「神聖ローマ皇帝の座ですが、それをみかねたローマ教皇が「早く決めてくれ」と催促をはじめたのです。そこで「自分たちに都合のよく、扱いやすい人物を」と7人の諸侯に、暗黙の了解で選ばれたのが『ハプスブルク伯ルドルフ』だったのです。

 

神聖ローマ帝国 (Holy Roman Empire) とは

神聖ローマ帝国は、現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在していた国家です。9世紀頃に成立し、18世紀まで続きました。中世以降は国号に「ドイツ国民の」が加えられ、ドイツ人国家としての性格を明確化しますが(ただし、支配下にかなりの他民族領域も含まれる)同時に国家としての統一性は形骸化し、分立するドイツ諸邦の形式的な連合体へと変質していきました。ちなみに「帝国」とは複数の民族と国家を統合した君主国のことです。

 

神聖ローマ皇帝とは

ハプスブルク家 かんたんに(https://en.wikipedia.org/wiki/Rudolf_I_of_Germany)

神聖ローマ帝国はこの時すでに名目的なものでしかなく、『皇帝の座』についたからといって、富や権力が手に入るわけではありませんでした。しかし「カトリックの権威」と「古代ローマ帝国」の継承をリンクさせたこの名前は、ヨーロッパ最高位(皇帝は王の中の王と称されるため)であり心理的な威光を放っていたことはたしかです。

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ハプスブルク家拡張のキッカケ

ハプスブルク家 かんたんに(マルフェルトの戦いhttps://en.wikipedia.org/wiki/Rudolf_I_of_Germany)

しかしルドルフ1世はその後生涯をかけて、敵対していたボヘミア王オットカル1世との戦い、結果ボヘミアと、オーストリア一帯を手にすることになります。「自分たちの都合のように動いてもらおう(ふふふ)」と思っていた7人の諸侯の思惑は見事に外れ、情勢は思わぬ方向へ晩年ルドルフは、『ハプスブルク王朝の反映、拡張』を目標として、神聖ローマ皇帝の座を末裔に継がせようと奮闘します。

 

ハプスブルク家は150年かけ、安定期へ

ハプスブルク家 かんたんに

弱小豪族とバカにしていたハプスブルク家が日の目を浴び始めたのですから、推薦した諸侯たちは大変驚いたことでしょう。その後ローマ皇帝の座は、他の諸侯に取られ取り返し、150年かかったものの、安定してハプスブルク家が世襲していくことになります。

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ハプスルブク家に傾いた運

ハプスブルク家 かんたんに

何事にもはじまりはあり最初から華々しく繁栄というわけではなく、偶然やタイミングなど運にも作用されるもの。しかしその後650年近く発展を続けたわけですから、やはり偶然だけでなく「なにか強い力」がそれぞれの当主に備わっていたのかもさまざまな人間関係が織りなす宮廷の物語、ハプスブルクの歴史にはそういったリアルで、人間らしい一面がたくさん見られるのもまた魅力のひとつかもしれません。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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