EVER UPWARD. WE CAN DO IT.

はっきり物を言う人の心理【怖いと思うのは偏見かも?】

2019/10/20
 
この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

半年前にすごく言葉がきつくて、グサグサくることをたくさん言う人に出会いました。そのときは「なんて酷い人なんだ」とおもったのですが、でもその半年後、あろうことか友達からわたしが同じことを言われたのです。そこでようやく気付きました。

「(私が無神経だと思った)あの人は、私を傷つけようとおもって言っていたわけじゃなかった」のだと。この記事では、はっきり言う人の心理、またこの裏で何が起こっているのかをまとめました。

スポンサーリンク

パターン別に解説、痛い言葉の裏側とは

大枠でわけて、「グサッ」と胸に突き刺さる言葉には、3パターンあります。

  • 傷つけようとしてあえて吐かれた言葉
  • 事実を客観的に述べられたもの
  • 自分に落ち度がある(または心当たりのある)指摘

 

傷つけようと、あえて吐かれた言葉

心当たりはないでしょうか。わざと、相手にわかるように、「わたしはあなたが嫌いなのよ」という感情を言葉の節々に出してくるひと。言葉でなくて、ある人物だけ無視をする、など態度に出ている場合もありますね。

これは相手を傷つけるため、または、自分のプライドを保つためです。相手を見下したような態度や物言いは、自分のほう優位な気持ちになったような一時的な優越感をもたらすでしょう。しかし、事実は言葉を吐いた本人の評価が下がるだけ、根っこにある劣等感が消えない限り、これはその場しのぎにすぎないのです。厄介なのは本人がそれに気付いていないことが多いこと。対処法としては、いちいち真に受けず、「上手にストレス発散ができない人なのだ」と受け流すのが一番でしょう。

 

事実を客観的に述べた言葉

極端な例を出すと、「ハリウッドスターになりたい」に「そんなの無理だよ」と返すような、一見夢を否定するような会話です。もっと具体的に説明するために、弟の例をだします。弟は昔からのんびりしており、特別頭がいいというわけではありませんでした。受験時は、志望校についても塾の先生から「無理じゃないかな」というような辛辣な言葉をもらっていました。しかし「厳しいよ」という忠告を受け止め、しっかり勉強したのでしょう。高校の入学試験で、「無理だ」と言われた市内イチの高校に合格。そしてその高校でも良い刺激をたくさん受け、「正直厳しいですよ」と言われた東北大学の薬学部にも合格、ドクターをとって研究者になりました。

 

感情ではなく「客観的な事実を述べた」だけ

頑張って、この高校へ、大学へ入りたいと夢を描いているときに、「無理だよ」「変えたら?」と言われるのは正直イラっとくるでしょう。でも、両親や予備校の先生が「厳しい、ここで落ちたら後がないよ、もう少し確実な道をいったら?」というひとつの冷静な見方でもあり、「本当にそこで大丈夫なのか」という確認も含む愛情でもあったわけです。

対処法は、いたってシンプル

弟の場合は、その指摘を冷静に受け入れて、「今の自分ではまだ足りないようだ、もっと勉強しよう」という選択をしました。ここで、「なんで自分の邪魔をするんだ、こんなに頑張っているのに」という怒りのエネルギーに変えてしまったらいまの彼の結果はなかったかもしれません。その言葉が必要だと思ったら取り入れ、いらなかったら、「その指摘は取らない」という選択をすればいい、解決策は非常にシンプルです。

スポンサーリンク

自分に落ち度がある(または心当たりのある)指摘

会社や、友達関係で見られがちです。「言葉の使い方」「社会人としてのマナー」「最低限の常識」などなどでもここで大体グサっとくるのって、「図星」だからなんですよね。だって、例えば自分が痩せていて何年も体重が変わらなかったとして、知り合いに「あなたすごい太っているね~」といわれても、「いやいや、ちがうやん、ちゃんと見えてるかい」って冷静に対処できますよね。

 

図星を突かれると、人間は余計にイライラする

言われた指摘が、本当は心のどこかで感じていたものだと、「どきっ」として、「そんなの違うもん、あんたに何がわかるのよ」と逆上してしまうのですね。だからわたしが冒頭に話した、苦手のひとが私に言った数々の言葉、「冷静に物事を見なよ」「自分のことを怖いと思って萎縮するかどうかは、あなたの問題」というのは、全部とはいわずともまさにその通りなのです。

 

はっきり言う人の心理、それに違和感を覚える人の心理

この違いは、本人の生まれ持った性格や、育った環境(近くに物事をはっきり言う人がいたか否か)で変わってきます。はっきり言うことが正義だと考える人もいれば、オブラートに包むことが正義だと考える人もいる、ただそれだけです。はっきり言うタイプの人にとっては、「じれったい」と感じる場面も数々あるでしょう。それでも関係が続いているのは、その人もいろんな所に目を閉じ、歩み寄っているから何ごとにおいても良い悪いはありません。自分の主張だけを貫いていては、永遠に平行線です。大切なのは歩み寄れるか否かです。

スポンサーリンク

まとめ

というわけではっきり言う人の心理、いかがでしたでしょうか。一部悪意のある言葉もあるものの、他はその人自身の性格であり、個性でもある、皆違うからこそ社会が上手に回っていることも、またひとつ事実です。

「痛いな~」とおもったら、その言葉が自分に必要なのかを冷静に考え、必要ならば取り入れる、いらないならさっさと捨てる、それだけでだいぶ「他人の言葉に悩まされる」ことは減るのではないでしょうか。兄弟ですら何を考えているか、聞くまでわからないのですから、余計に勘ぐってエネルギーを使うのは非常に勿体ないです。ぜひぜひ、柔軟に生きる力を、私も含め、身につけていきたらなとおもいます。

この記事を読んだ人へオススメの記事

スポンサーリンク

 

この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です