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KYの何が悪いのか

2019/03/24
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

周りの目線はあるけれど、

でも、それを、気にしても、

どうにもならなくって、

なりたいものならともかく、

とくに憧れないものに、

あわせているほど、

人生長くない。

自分なりのいいものを、

いいって言ってくれるひとが、

絶対世界中どこかにいて、

探して探して見つからなかったら、

行動を変えればいいとおもう。

1年前からアメリカ育ちのお友達が、

ずっと、近くにいて、

彼といると色々気付きが。

あんまり陰口とか、マイナスワードとか、

言っていても仕方ないとおもうので、

「I don’t think it’s good to talk about it」

そういうことあんま聞きたくないー

「I wanna talk something positive,」

「もっと明るくなる話しがいんじゃない」

って言ったら、

「それはおかしいよ!

思っていることを言わずに、隠して

明るく振る舞うひとなんて僕は信じないね!」

って返ってきて、

「hmmmmmmm… I see..」

(たしかにー)

と。

別に本音で会話していないわけじゃないので、

んーーーともおもったけど、

たしかに、それもそうだなーと。

よく、

日会話はボーリング

(話しが終わってから、言葉を返す)

英会話はテニス

(ラリーのように言葉をかわす)

というけど、そういうもの、

絡んでいるのかなー。

テンポがキーになってくるので、

本音が言いやすい、とかもあるのかなー。

日本会話は考える時間がある分、

色々含みを持つのかも。

さいきん、頭を柔軟に使うようにしています。

体力がない、バイトはしたくない(体うごかしたくないから)、

だったら、頭脳を、お金(価値)に変えればいいじゃないか。

なぜ気付かなかったんだ

お家にいたってできるじゃないか。

なぜ気付かなかったんだ

アメリカ企業との契約とか、

現地いかなきゃむりだーって

ずっと思っていたけど、いやいや。

冷静に考えると、

いまはネットの時代ですよね、

物理的に離れていても、普通に、

仕事どこでもできるやん。

母体を持たなきゃ、

大きな国とは関われない、なんて

思っていたけど、いやいや。

交渉次第で、好きな国と、

好きな時に、お仕事できるやん。

なんということ

いつもばたばた色々試して、

全部試し終わったあたりで、

こんなスマートな方法があったのか、って。

日々色々やっていくと、

母数が必然的に少なくなり、

ひとに理解されないことが

増えていくけど、まあ、

そういうもんかなーとおもう。

繰り返して、繰り返して、

「あれ、なんで理解されなきゃいけないんだ」って

別にわたしの好きなこと、

好きって思う必要ないじゃない、

そこが違ったって、ほかで、

共感ポイントはたくさんある。

逆にいうと、

その分、わたしは他の人の

好きなことを知ることができる。

そっちのが全然おもしろいじゃないか。

なぜ気付かなかった。

人間関係って掛け算のが面白い、

空気を読んで、何も生まれないより、

場合によっては、

どんどんぶち壊して、

新しい物を創造したほうが価値がある

場所ってぜったいにある。

人の思いを踏みにじること、

会議を壊すこと、方向性に

トンチンカンな意見を持ち込むこと、

はまた別のお話しで、

賢明なKYはむしろ、

必要じゃないかなーとおもう。

あえてやることもある、

反動がくるのもわかるけど。

そんなのよりなにより、

なにも価値が出ないほうが、

わたしはよっぽど怖い、

変わらないほうがよっぽど怖い、

世界はすごい速度で動いているのに、

現状維持なんて、ただの後退だ。

当たり前は変わっていく、

時代にあわせて、いつも、どんな時も。

自然の摂理によって、

変えられるものと、

変えられないものの違いはなにか。

世界の摂理は公式、

世界を構築している数式、

解を導けない道理はない。

人が意思をもち、知恵を使い、

選択し、行動する。

それが世界を作っていく。

その目的と結果を丹念に調べていけば、

そこに解は絶対にある。

(ってSteins gateでいっていた)

正解探しの人生の何が面白い、

大事なのはいつだって、

楽しいか、どうかじゃないのか。

その楽しさ、やり甲斐っていうのは、

一生懸命の先にあるんじゃないのか。

そこをサボって、充実感なんて、

得られるわけがなくて、

簡単に見つからないから価値があり、

努力しがいがあるんじゃない。

自分がこれだーと思うものが

見つかるまで、悪あげきでも、

色々、冒険しても、

いいんじゃないかなーとおもいます。

失敗、課題も宝物、

なにもないより、ずっといい。

ぜひぜひ色々なことに、

挑戦して、新しい世界へ、ステージへ。

見たことのない世界を、リアルを、

生きている実感を、証を。

自分の手で。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

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