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【フランス国王ルイ14世】はなぜ自らを太陽王と呼ばせたのか

2021/02/19
 
sunking
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歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

わずか4歳で即位し生まれながらの王といわれたルイ14世、別名太陽王。このニックネームは今もフランスで一般的であり、リセ・ルイ=ル=グランなど、中には彼の名前をとった高校も存在します。でもなぜ彼は太陽王と呼ばれるようになったのか。この記事では、ルイ14世が『太陽王と呼ばれた理由』をご紹介します。

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ルイ14世が太陽王と呼ばれた3つの理由

① 『王の印』が太陽だった

sun king Louis XIV

ルイ14世は、太陽を王の印として選びましたルイ14世は、自分が政治的に何を代表すべきかについて、かなり確固とした考えを持っていたからです。彼の最も有名な言葉『陳は国家なり』は、誰もが聞いたことがあるでしょう。

彼はフランスを代表する者であり、絶対主義の君主であり、かなりの野心家でありましたが、に、君主としての使命は『民の心を啓発することである』という内なる信念を持っていました。彼は生涯、『太陽』として、72年の長きにわたり玉座にて、フランスを世界に知らしめるためのエチケット(マナー)や、 光を自らが手本となり提供し続けました

 

② 太陽のようにフランスを照らし続ける、という意を込めて

Apollo

自らが『太陽』となってフランス文化を広められるよう、王は工夫をしつづけました。太陽王のモットーは「Nec pluribus impar (ヌルオートレパレル)」。これを翻訳すると、太陽のように「比類のない」「他の人間より上」であるといった意味になります。

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彼が築いた城ヴェルサイユは、王がアスター(ラテン語で星の意)であるという考えを具体化したもので、宮殿は太陽を参考にしてつくられています。有名なガレリー・デ・グレース (ガラスギャラリー)は、太陽が差し込むように工夫されており、彫像は太陽のギリシャの神アポロンを元にしていますそしてヴェルサイユ宮殿にはいって最初にみえる太陽門「太陽の冠」を身に着けた全能の君主をイメージづけるこの見事な門は誰もを圧倒するものでした。

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③ クラシックバレエで、太陽神アポロンを演じた

ルイ14世 バレエ

元々14世紀にイタリアより持ち込まれたバレエ。ルイ14世はとくに踊るのが好きで、すばらしいパフォーマーだといわれていました。『太陽王の異名』も、ルイ14世がバレエで太陽神アポロンを演じたことから生まれました。

彼はうつくしい脚線美をよしとして(また身長を大きく見せるために)、高いヒールを好みました。その後きついバレエシューズがうまれて、小さい足が貴族の証とされていくようになります。彼はバレエを推奨しバレエが現代あるようなダンスとして体系づけられたのも彼の功績のひとつだといわれています。

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あとがきにかえて

Le ballet de la nuit

ルイ14世は自身の全知全能ぶりをアピールするため、神格化を目指しました太陽神アポロンを崇拝し、若い頃には変装をして宮中で踊り、太陽王のあだ名はそこから派生したといわれています。ルイ14世は、「偉大な王」というよりは、「太陽王」と呼ぶにふさわしいでしょう。彼は現在のマナー、エチケット、文明、文化に多大な影響を与えた華麗な君主でしたが、地政学的に見て、必ずしも最高の指導者ではありませんでした

ルイ14世

彼は「巨大な帝国を築く」という野心のもと戦争を行い、多くのお金と兵士を失いました。しかしこの時代に生まれた文化やファッションが現代人に大きく影響を与え続けていることは事実であり、彼は戦略的にも経済的にも優れた人物ではなかったが、とても興味深く、確かに「フランス」の印象を後世にまで轟かせる役目を果たしたのでした。

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参考文献

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