EVER UPWARD. WE CAN DO IT.

【留学体験記】ニートだった私が、英語の仕事に就くまで(後編)

2019/03/10
 
この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

 

前編では留学後、ニートになり、7人くらいの小さな国際物流会社に就職したところまでお話ししました。

それでは後編にはいっていきたいとおもいます。

スポンサーリンク

⑤ 仕事は超国際的、毎日世界中の人とメールを交わした

仕事自体はずっと憧れていたやりたかったもので、とても楽しかったのです。

その会社はシンガポールにある大きな会社の代理店をしており、それ関係の仕事が8割。(2割は駆け込んでくる謎の外国人案件)メールは殆ど英語で、国際電話もしょっちゅうかかってくるような国際的な仕事でした。

毎日、インド、パキスタン、UAE、トルコ、イギリス、イタリア、フランス、シンガポール、タイ、マレーシア、台湾、韓国、アメリカ、それこそ世界中の人たちとメールでやり取りをしていました。(英語を使うというより、取引を進めるために英語を使わざるをえなかった)。なんだか会社は、日本にいるのに、外国にいる気分になるくらい国際的だったんですね~。

⑥ いくら好きな仕事でも、お金がないって惨めだ

社長は厳しかったけれど、仕事内容が楽しかったのと、人間関係がとっても穏やかで居心地がよかったので、ストレスもなんとか中和されて結局34ヶ月そこで働きました。退職の決め手は、会社規模と給料です。

低いときは、手取りで13くらい。最高でも18万。それで奨学金毎月6万円を返していたので、服を買うことも、贅沢品を買うこともできず、図書館が息の場でした。(今では考えられない)

暇な時間が多かったので、そんなもんだろうな~という風に自分を納得させていましたが、周りで新卒に務めた友達がボーナスで70万近くもらっているのを見ては、落ち込んで、の繰り返しでした。好きなことをしていても、満足に生活ができるお金がないって、惨めなもんだな~としょっ中思いました

 

⑦ 某有名アパレルブランドへの内定が決まり、一気にキャリア女子へ

そろそろ大手に行きたい、と思っていた矢先登録したエージェントから、「多分受かるとおもんですが、受けてみませんか?」と電話をいただき、書類は一瞬で通過。担当さんが熱心に、面接対策を一緒に練ってくれて、4回の面接をみごと(すれすれで)通過し無事内定本社は高層階で東京中が見渡せ、これ以上ないほどにお洒落な空間でした。

給与は月額手取りで10万近くアップ、月給は30万~33万近く貰っていたと思います。いままで「会社の規模が」という理由でできなかった大きな取引、海上輸送実験、物流網の構築。アイディアだけで止まっていたものを、「これをこうしたら」を、具現化できるのが楽しくて気がついたらプロジェクトをいくつか率い、優秀賞を貰うまでに。考える力をくれた最初の会社の上司と、アパレルで自由~にさせてくれた上長には感謝してもしきれません。

 

⑧ TOEIC900を取得してからは、就職市場で引っ張りだこに

忙しいだけの毎日はいやだ~と、取得したTOEIC910その後Linked inでプロフィールを更新した結果、Robert Weltersというイギリス系の人材会社から連絡を貰い、「これからのキャリアについてお話ししませんか」お昼に来ていただいんですね。そしたら、色々面白そうな案件がいっぱい出てくること、出てくること。こういったことが他の会社でもありました。

それまで、とにかく一人前になろうと、理不尽なことも耐え、我慢し、ひたすら突っ走って来た5年半。ようやく、力を身につけ、一人の社会人として、「行けるところに行く」ではなく、「行きたいところに、自分から赴く」ことができるようになった。あのとき、踏ん張って、本当によかった。

 

⑨ 正社員生活にピリオド、ノマド生活に足だけ浸かる

その後、パワハラなどいろいろあり、気がついたらマルチ商法に引っかかって、財産を失う、というとんでもないオマケつきなんですが(笑)身につけた力と、経験はなくなるわけもなく、その後は某上場企業にて通訳・翻訳に従事。フリーの翻訳、ライター活動も請負い、語学のコーチングや、イベンターなど複数の職を手にするようになりました。正社員の最後は提示給与が480万くらいだったので、それには至らないものの、精神的にはとても自由になりました。多分それは、いまもたくさんヘッドハンティングをいただけているからかも。

 

ニートになっても、どん底になっても、自分次第で何とかなるよ

留学から帰った後の、なんとも言えない気持ちは、今でも忘れられません。ニート生活と、社会人1年目は、人と比べてばっかりで惨めな思いをたくさんしました。お金が十分にないって、自尊心を根こそぎ奪い取ります

7年経って思うのは、「むだ」なことは何1つなかったこと、そして、いつだって、今やっていることが、5年後の結果に直結していること。いうなら留学は、晴れ舞台でなく、「種まき」のようなものだと思います。自分の可能性をそこかしこにおいてくる。帰ってからは、栄養をあげる時間。すぐに芽は出ないのだけど、丁寧に、めげずに手入れを続けていけば、絶対に芽が、そして綺麗な花が咲く日が絶対にくる。人生は自分で何とでもできる。留学後、どん底に落ちた、「役立たずだね~」と言われた自分でもこんな風にいま、好きなことでお金をもらえているんだから。

あとがきにかえて

 

わたしには語学の才能も、うらやまれる程の美貌もないけれど、だからこそ、丁寧に、コツコツとやってこれたのかなとおもいます。唯一あるな~と思うのは、「努力を継続できる才能」だけ。

これは仕事だけでなく言語学習にもいえること、「努力」と「勉強」は裏切らない

留学後が怖い?不安?失敗したっていいじゃないか。何もないより、ずっと、ずっといいじゃないか。いま目の前にあることは、すべて自分が起こした行動の結果だ。それを変えたいなら、行動するしかない。ぜひぜひ、若い人には、後悔のない人生を、思いっきり今を、生きて欲しいなとおもいます。

スポンサーリンク

この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です