世紀の大事件

映画では語られなかった【タイタニックの悲しく皮肉な逸話5つ】

1912年4月14日深夜、北大西洋上で氷山に接触、翌日未明にかけて沈没したタイタニック。亡くなった人は1500人をこえ、戦時中に沈没した船舶を除くと20世紀最大の海難事故です。そして映画タイタニックを経て、日本でも多くの人がその名を知ること...
イギリスの歴史

【家系図でみるメアリー1世】彼女はなぜ血まみれ女王と呼ばれたのか

メアリーはイングランド王ヘンリー8世と、最初の妃キャサリン・オブ・アラゴンの娘です。父母の離婚が決まったあとメアリーの王位継承権は剥奪されていたのですが、6番目の王妃キャサリンパーの後ろ盾により復活します。 カトリックへの復活を密かに...
惨散たる歴史

歴史上最も恐ろしい人物のひとり【支配者チンギスカンとモンゴル帝国】

こんな狂気めいた名言を残したのは、モンゴル帝国の初代皇帝チンギスカンです。チンギスカン (1162~1227年)は、征服した敵の妻や娘の多くを娶ったことで知られており、2003年の研究では、世界の人口の200人に1人、約3800万人が彼の子...
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イギリスの歴史

エリザベス1世を生んだ悲劇の王妃【処刑されたアンブーリンの最後】

1536年5月19日、ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリンは、ロンドン塔内で斬首刑に処されました。彼女が王妃だったのは、ほんの3年間。この記事ではアン・ブーリンの最後、この勇敢な女王がどのようにして、死を受け入れていったのかを考察してい...
テューダー朝

【処刑された王妃アンブーリン】についてあまり知られていない6つの逸話

アンブーリンは、イングランド王ヘンリー8世の6人の妻の中でもっとも有名な女性。 王の寵愛を受け結婚するも移り気な王は彼女を「姦通と近親相姦罪」をかけ逮捕、処刑しました。この記事では、歴史家エリザベス・ノートンが公表した、アン・ブーリンに関...
イギリスの歴史

【メアリーステュアートの生い立ち】生まれながらのスコットランド女王

魅惑の女王メアリー・ステュアート。生後6日目にしてスコットランド女王となり、イギリスから逃れるためにフランス宮廷へはいります。多くの男性と恋をして自由奔放したたかに生きるも、最後は英国女王のエリザベス1世の暗殺計画をたて、処刑されるというな...
イギリスの歴史

【心霊スポットロンドン塔とは】現れる女王の幽霊とワタリガラスの逸話

ロンドン塔には、いまでも怨念が渦巻いており、人によっては近づくことさえ躊躇われるほどだといわれています。この記事ではいわく付き、幽霊が出るとして観光名所となっている「ロンドン塔の歴史と逸話」をご紹介します。
イギリス王室

エリザベス1世を知るための7つのこと【黄金時代を築いた女性君主】

イギリス史上最も有名な君主にして、イングランドに黄金時代を築き『発展の礎』を作り上げたエリザベス1世。ヴァージンクイーンの異名を持つ彼女は、「自分が結婚相手はイングランドです」と宣言し、イギリスにほぼ半世紀の安定をもたらしました。この記事で...
イギリス王室

【ヘンリー8世の子供達】いずれも君主となった嫡子たち3人の運命とは

ヘンリー8世の嫡子3人は、いずれもイングランドを統治することになります。彼らは英国の歴史と王宮の歴史の両方で重要な役割を果たしますが、しかしこの3人に子はおらず、最後の女王エリザベスの死によってチューダー朝は終焉します。この記事では、ヘンリー8世の嫡子たち3人の運命ご紹介します。
その他

ヴィクトリア女王に纏わる6つの物語 (幼少期から即位編)

歴史上最も象徴的な君主の1人であるヴィクトリア女王 (1819年−1901年) は60年以上にわたり、王政に君臨しました。彼女は世界史上最大の帝国の君主であり、その名前は大英帝国を象徴するものでもあります。この記事では、ヴィクトリア女王をも...
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