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【ピアノが嫌いになりそうな人へ】中3で辞めて後悔した私の戯言

2019/03/23
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

 

美しい旋律を軽々弾きこなすピアニスト。その裏にあるのは、譜読みから、弾きこみ、暗譜、途方も無い練習の日々。テレビに出るのは、見ただけ聞いただけで弾けるようになるような天才か、プロか。一般人ではお手本通りに弾くだけでも大変なもの、親の勧めで始めたものの「辞めたい」と思う瞬間もありますよね。

自身も親の勧めで幼稚園からはじめ約10年続けたものの、「ショパンのバラード第一番」「ベートーヴェンの悲愴」が限界値。「木枯らしのエチュード」などテクニックが必要になるものまでは弾けず半ば投げ出すように辞めてしまいました。正直続けていたら、と何度も思いました。そこで今日は、もう少しこうしたら変わっていたかも」と思うことをまとめてみたいとおもいます。

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なぜそんなにピアノの練習が嫌いだったのか

いまは大好きなピアノ、なぜ子供の頃はあんなにピアノが嫌いだったのかを考察してみました。週2回1時間ずつのレッスンだけど、練習は前日に30分だけ。「時計ばっかり見るNaaちゃん」と呼ばれるほど、レッスン中も家に帰りたい子供でした。

 

手が小さいので、物理的に弾きにくい

思ったことが、思うように出来ないって、凄くもどかしいですよね。私の場合、手が小さくて、オクターブが本当にギリギリ届くくらいだったんです。大ホールで弾くような曲は、欧米で作られておりオクターブが届くのが当たり前なので、平気でそれを超える箇所が出てくるんですね。いくら弾きたくても物理的に届かないものは弾けないのです。言い訳にしたくはないですが、(おそらく考慮してもらっていただろう)課題曲でもきつかった。無理やり手を広げていたので小指は今でも変形しています。

 

譜読みが苦手(#と♭があると絶望的に)

練習不足でしょうが、難易度が上がるほど譜読みが難しいんですね。一曲を弾けるようになるまで、一小節ずつこんな感じと身体と頭にインプットしていくのが苦手でした。大人になったいまでは、線をはみ出すものは、ドレミとカタカナで書き足したり、シャープとフラットにマーキングしたり工夫しないと頭に入っていきません。きちんと譜読みをして、その通りに弾けば絶対に綺麗な曲が出来るのはわかっているのに!その手前の面倒臭さみたいなのに囚われていたのです。

 

そもそも音源を聴いてないので、曲の美しさに気付けていなかった

先生からテープをもらっても、1、2回しか聞いていませんでした。それでは曲の良さはおろか、ほぼなにもわかりません。音源を聞くことが譜読みと同じくらい大切なこと、それに気付いたのはのだめカンタービレを見た時です。

ピアノを通じて主人公のだめが成長していく物語。途中、フランスの音大に留学し、一流のピアニスト、ウクレール先生クラスを受けるクールがあります。留学しても、相変わらず自由に楽譜を無視して弾き続けるのだめ。そして意見がぶつかる先生に、自分の書いた曲を弾いてもらい、「そこは違う」「そこはこう」と口を出します。それに対してウクレール先生が返した言葉でわたしははっとしたのです。

 

心に響く、のだめカンタービレ「ウクレール先生」の言葉

「君がそうやって言いたいことがいっぱいあるように、他の作曲家だって言いたいことはいっぱいあるのにね。君はそれを本能的に感覚的にしか捉えない。べえべちゃん、でも君がコンクールで弾いたシューベルトのソナタはとてもよかったよ。」

そもそも私は「言われたことをやる」ことに必死で、曲の意味とか、美しさとかには全くこだわっていなかった表面的で薄い練習をしていたから、つまらなかったのです。

 

それでも身についたもの3つ

 

頭と身体が紐づく感じが、いつもどこかに

考えたことを別の手段で表現することが得意なのは、ピアノを習っていたおかげだと思います。昔暗譜した曲は、いま何も考えなくても手が動くのです。それは脳だけでなく、身体が覚えているからだとおもいます。(もっといろんな曲暗譜しておけばよかったかも)

 

大好きな曲を自分で弾けるのは、最高のストレス解消

子供の頃に基礎を身につけたおかげで、どんな曲でも独学で弾けるようになったのです。自分で弾くと音楽への没頭感が増します。その世界に入り込んだイメージでしょうか。CDを聞くのと、自分で弾くのでは全くと言っていいほど気持ちの入りが変わってくるのです。嫌なことがあったときは無心でピアノを弾き続ける、気持ちのコントロールが音楽で出来るのはとても幸せなことです。

 

手元を見なくても、大体のことができるように

小さい頃から、ピアノで手をたくさん動かし、右手、左手を使い分けてきたからでしょうか。ブラインドタッチは勿論、携帯も、文字を書くことも、そのほかも、だいたいは手元を見なくても感覚で出来るようになりました。思わぬ副産物です。

 

ピアノあわないかも、と思う方へ伝えたいこと

私はピアノがどれだけ楽しいか、をわかる前にやめてしまったのだと思います。もっと譜読みをちゃんとしたら、音源を聴いていたら、作曲家の意図を考えていたら、私のピアノももう少し上達したのかも。となると、上達に必要な才能は、「どれだけピアノを愛せるかということではないでしょうか。

 

まとめ

というわけでまとめていきますね。私がピアノつまらないなあと思っていたのは、

  • 「誰かにやらされている」と思っていたからであり、
  • 上手になるために必要な才能は、「ピアノが大好きなこと」

中途半端は後々後悔することが多いです。日々のルーティン(決まったことをやる生活)から離れて、別の角度から見てみるとまた違った楽しさが見えてくるのかもしれません。ぜひぜひ、後悔ないよう、色々なことを試して、歩みを進めていってくださいね。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

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