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「仕事が暇すぎて辛い」を、7年間で克服した件

2019/08/28
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

28歳になり社会人7年目を迎えたが、正社員でも、派遣でも、インターンでも、なぜか暇な職場に行き着いてしまう私が一番嫌いなのはである。なにをしていいかわからない、ただ時間が流れていくことが勿体無く感じてしまうのだ。

この記事は「私はちゃんと働く意思がある(けど暇)ということを正当化するため、書くことにした。「1日いるだけなのに、私はここにいていいのか」を考え続けて7年、私は常に閃いた。そしてこの解釈により、ついに「仕事が暇すぎて辛い」症状を克服したのだ。これからはどんな暇な職場にいっても私のメンタルはぶれないだろう。ここからは7年の軌跡を辿り、どう考え乗り切ってきたのか。克服した今何を思うのかを書き記しておこう。

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辛かった「火曜」「木曜」以外はひたすら暇パターン

一番最初に、正社員で貿易事務に就いたときのパターンがこれだった。お正月、お盆、大型案件(といっても大したことない)がある火曜日と木曜日以外は、基本的に暇だった。他の日がどれほど暇かというと、朝9時に出勤して、普通のスピードで仕事をしたら、1時間で終わるくらい暇だった。本気を出したら朝9時半には終わってしまうので、出来るだけ時間をかけるよう細心の注意を払って働いていた

いくら頑張っても、あさ11時には仕事がおわる

  • 書類をひたすらホチキスで留めて倉庫へ送る、
  • 掃除をしてみる、
  • 掃除機のフィルターを変える、
  • 整理整頓

ほぼ全ての電話をワンコールで取った。当時は月給が18~19万円だったので、生活もしんどかった。そんなに能力も使えていないし、自分はこの世で役に立ててないのではないか、と考えた時期もあった。怖くなって手当たり次第、貿易まわりの知識を頭に詰め、必要と思われることも片端からやった。証券を和訳したり、貨物保険を組み直したり、倉庫を移管したり。

 

次第に自分の存在価値をうたがうように

ここの3年半の経験で、「何でもできる子」になった私は5年後上場企業から引く手数多の生活になるのだが、この時はそんなことわからないので、「自分の価値」をひたすら疑った。いまおもうと、これは総じて私の責任ではないので、自分の価値」を疑う必要はなかったなとおもう。もし会社に万一のことがあっても、事情を話せば就活には大きなメリットになる。何も心配せず勉強していいならさせてもらって定時で帰って、その他好きなことや、資格の勉強をしても何ら悪いことはない。仕事がないなら、会社でも出来る勉強を探して、堂々としていていいとおもう。注意されたらやめればいい。でも経験上、ここで勉強したものは後の仕事で大きく生きてくるのだ。

 

「超絶忙しい」職場に転職してみたら、救急車で運ばれた

最初の会社の3年半で懲りた私は、暇な生活に耐えきれず、「あたらしい仕事」に就くことにした。全4回の熾烈な面接を耐え抜き、正社員で、念願の超人気なアパレルメーカー(上場企業)の本社勤務だ。しかしこれが、今度は「超絶」がつくほど忙しかったソコンは常時持ち帰り、年末も31日のギリギリ、自分が最終退社になるかどうかまで働いた月収は32万くらい、半年ごとに1万単位で昇給収入の面では文句はなかったが、会社の雰囲気も悪くオシャレなオフィスにそぐわずお墓のような雰囲気だった。

ただ仕事はやりがいがあり、挑戦できる環境があったので、必要に応じてプロジェクトも立ち上げていった。

 

忙しい会社も大変なんだな、と気づいた

しかし問題はそのあとだ。断らず全部仕事を受け入れるため、癖づいたのか、ルーティン業務が全て降ってきて、上司が何もしなくなったのだ。

ルーティン業務は「これ私の仕事かな?」「プロジェクトもやれるんだから出来るでしょ?」と、全て返された。明らかな嫌がらせだと思ったけど、出来なくもないので2年間背負い込み続けて、倉庫出張の帰りに倒れ、そのまま会社の人事と上長と話しておさらばした。忙しいと身体を壊す、暇だとメンタルがもたなくなるやっぱりなにごともバランスが大切だと学んだ。(ここ大切)

これは極端な例だが、逆もあり得ると思っている。仕事が好きな人、早い人は仕事を囲い込む傾向があるのだ。「皆でやれば丁度いい」と思い上は人をいれるのだが、誰かひとりが独占し、手を出しにくくする、といった摩訶不思議なことが社会ではおこる良いことは何もないので、皆で出来るものは皆でやったほうが皆にとって幸せだ。

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派遣にしても、暇だった。しかし、ここで閃いた!

前の会社で裁量(わたしは定額使い放題だとおもっている)でこき使われて正社員は割にあわないと、雇用形態を派遣に変えたそれでも時給が高いので、前と給料はそれほど変わらない、ボーナスを考慮してもむしろ高い。

非常に満足しているので、これといった不満もないのは、7年間の苦行を乗り越えてきたからだろう。実に辛く長い日々であった。いまは英語専任として、上場企業でのらりくらりと、翻訳したり通訳したりを繰り返している。暇か、暇じゃないかと聞かれたら超絶暇だ。どのくらいって1日にインド企業のメールを1通訳すだけ、なんてこともあるくらい暇だ。そう専門職すぎてそもそも出番自体が超絶少ないのである。必要な時だけお願いね、というポジションが社会には存在するのだ。

1日いるだけなのに、ここにいて私はいいのだろうか。長く考え続けて、ついに私は閃いた。正確にいうと、超都合の良い解釈が浮かんだのだ。きちんと仕事はしているのだから、もうこの際真実はどうでもいい。私は、私の心の健康を保つ考え方を、この7年間ずっとさがしていたのだから。

 

「仕事が暇」現象が起きる理由をついに解明!

考えて考えて至った結論は、新しい人を雇うより、仕事が一時的になくてもいてくれたほうがありがたい」ということだ。うちでいうと年に数回か大型の海外契約を結ぶわけで、そこには新規もリピーターもいる。それこそ、その1回で何千億といった額が動くことになる。この英文契約書のチェックと、やり取りをいちいち外部に委託していたら、毎回イチから説明することになり、コストは下げられても正社員の手間が増える

もっと深く考えて思い至った。私が関わっている契約はデータの売買なので、都度サービスをいれるものではないのだ。なるほど、常に細々動いているだけが仕事じゃない1回でっかいことをして、それでお金が発生していくビジネスもある。なるほど、ということは1回で1週間分の仕事をしているようなものなのだ。

 

もう一つわかった!「忙しいだけが仕事じゃないんだ」

世の中には1回で10個分の価値を生み出す仕事」と、「数十回動いて1つの価値を生み出す仕事が存在していることになる。前者SEや法律系など専門職に多く、後者コピー取り、エクセル表作成といった一般事務に多いのかもしれない。つまり仕事の価値(わかりやすくいうと自分の時給)と自分が動く工数(忙しさ)は必ずしも比例しないのだ。

そして、もう一つ重要なのは、「必要になった時に人を取るより、一時的に仕事がなくてもいてくれた方が助かる」というものだ。この一時的に、は企業によって2、3ヶ月かもしれないし、年単位という可能性もある。新しい人を雇うということは、教育や周辺機器の整備、新たな契約といったお金以外の様々なコストが発生する。結局、コストを下げるため費用のない時期は解雇し、3年間で3人を雇うより、必要がない時もいてもらって3年で1人に長く丁寧な仕事をしてもらうというほうがメリットが大きいのである。

 

おまけ 暇な人は、それだけで誰かを救っている可能性がある

私には忘れられない同僚がいる隣の部の通訳としてはいってきた彼女は、私以上にあるべき仕事がなかった。営業拡大を見込んで雇用したが、案件が後ろ倒しになったのである。どのくらいないって、1週間に1個も仕事がないこともあって、彼女はほぼ寝ていた通訳会議と、急に降ってくる翻訳以外は大体寝ていた。(あまりにも寝てたのか会社側の配慮か4ヶ月目で契約打ち切りになったのだが、彼女は暇に飽き飽きしていたのか、大喜びして辞めていった)

だけど気持ちがわかってしまう、彼女だって寝たいわけではないのだ。でも8時間もパソコンの前に座っていると、考え事もネットサーフィンも全て終わり、もう眠るという境地以外達するべき場所がなかったのかもしれない。

でも私は彼女が支えだった。仕事がないときも彼女と慰め合いながら、「なぜこんなに暇なのか」について語り合った。「ああ、仲間がいる」と思うほど人の心を安心させるものはない。何が言いたいかって、一見何もしていない「暇な人」だって、オフィスに100人くらいいたら誰かの心を救っている可能性があるのだ。「いつも変わらないあの子を見ると落ち着くなあ」ひょっとしたら「あんな風に生きてみたい」と憧れている人もいるかもしれない。(前の会社の私がそうだったように)

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まとめ

実に苦しい7年間であった。ある時はトイレに籠り寝てみたり、ファイルをひたすら整理してみたり。時には掃除機の掃除をすることすらあった。それでも時計は全く進まない、ただ流れていく時間を前にして、私の人生はいったいなんなんだと思いつめた日々も、今は懐かしい。終わりのない修行のようであった。物凄く重要なことなので、ここにもう一度、まとめておこうとおもう。

  • 仕事の価値(自分の時給)と自分が動く工数(忙しさ)は必ずしも比例しない
  • →工数がかからないだけで、重要な仕事をしている可能性がある
  • 仕事がない時期が一時的に存在しても、トータルで見ると、辞めないで続けてくれたほうがありがたい
  • →3年間で3人を雇うより、引き継ぎなしで長く続けてもらうほうが助かる

「暇」であることに悩み、苦しみ、辛い毎日を送っている人がいたら、ぜひこれを教えてあげてほしい。気持ちはよくわかる。苦しむ人が減り、いきいきと「自分の時間」を生き、会社にも相乗的にメリットがでていくことを願うばかりである。それでもモヤモヤする方はぜひこちらご参照を(【働き方】仕事でやることがないあなたへ|元気になる考え方10個)(2019年1月8日)

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