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【マリリン・モンローの儚い生涯】あまり取り上げられない波乱板状な人生

2021/04/04
 
マリリンモンローの生涯
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謎の女性。歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

その美しさで現代までその名をとどろかせているマリリン・モンロー。しかしその愛らしい笑顔の裏には、あまり取り上げられていない波乱板状な人生がありました。1961年自宅の寝室で死体となって発見されるまで、彼女の人生になにがあったのかこの記事では、写真からはけしてわからないマリリン・モンローの生涯をおっていきます。

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マリリン・モンローの生い立ち

Marilyn Monroe

マリリン・モンロー (本名ノーマ・ジーン・ベイカー)は、1926年6月1日にロサンゼルスで生まれました。私生児として生を受け父の顔もわからなかったマリリン。祖父母は精神病を患っており、情緒不安定であった母は男を取っ替え引っ替え、マリリンが6歳のときには精神病院へいれられてしまいます。

親権はロサンゼルス群にあり、どこに里子に出すかは当局の担当者次第になり、結局マリリンは4年もの間、11人もの里親のあいだでたらい回しにされたのでした。さらに酷いことに、8歳のときには下宿人の中年男におそわれたというショッキングな事実までが加わりました。

 

16歳で厄介払い、一度目の結婚へ

マリリンモンローの生涯

そんなマリリンは1942年6月、16歳で最初の結婚にいたります。相手は21歳のジェームズ・ドバティ、ロッキード航空の工員でありました。ロマンチックなものでもなく、彼女を引き取っていた一家が引っ越しすることになり、厄介払いした形でした。

第二次世界大戦がはじまると、夫ジェームズはカタリナ島の海軍基地に配属され、マリリンはパラシュート工場につとめる側、モデルの仕事も引き受けるようになりますしかしそれは今知られているようなものではなく、破廉恥とされるものが主でした。のちに映画スターとなってからこのとき撮られたカレンダーが露出するわけですが、マリリンはあっけらかんと「お腹が空いていたし、部屋代がたまっていたんだもの」と答えました。実際は自家用車を買うためのお金が欲しかっただけだといいますが、飾り家のない言葉はかえって好感をよんだのでした。

 

映画スターとして花開くまで

20世紀フォックス社との契約

マリリンモンローの生涯

1947年、マリリンはついに20世紀フォックス社と契約に至りました。夫と離婚してまで映画界に入ったものの、これという役もなく長い下積み時代が続きました。その間は、食べていくためにコール・ガールまがいのことをしていたことは定説となっています。

マリリンモンローの生涯

そんな彼女を花開かせたといわれるのが、ハリウッドきっての実力者ジョニー・ハイドです。彼はマリリンをつれて毎日のように出歩き、一流のディレクターやプロデューサに前途有望な新人女優だといって紹介したそうです。そのかいあってか、1953年、マリリン・モンローは一躍映画スターへと駆け上がっていったのでした。

 

ユーモアに富んだ、マリリンの名言

マリリンモンローの生涯

『ナイアガラ』『紳士は金髪がお好き』など続けて出演し、マネーメイキングスターのベスト10にも選ばれたマリリン。なかでも『ナイアガラ』でみせたモンロー・ウォークは世界中の男性を虜にしました。

ヒールの片方をほんの少し短くすることで、歩くときにちょうどお尻が揺れるという歩き方はマリリン・モンロー本人が考えついたアイディアだったそうです。

マリリンモンローの生涯

マリリンのウィットに富んだ答えは、いつも記者を驚かせました「寝るときは何を着ますか?」と聞かれたマリリンが「あら、シャネル5番よ」と答えたのはご存知でしょう。これは宣伝パフォーマンスではなく、本人の個性からきたものだったそうです。

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マリリン・モンローの恋愛事情

再婚した夫ジョージ・ディマジオは、DV男

マリリンモンローの生涯

映画界の大スターとなったマリリンがプロ野球界のアイドルであるジョージ・ディマジロとの結婚したのは1954年1月のことでした。しかしふたりの相性は、側からみてもけしていいものではありました。

彼の話題はテレビとスポーツ、ギャンブルといった単純なものでしたが、マリリン・モンローはかなりの知的コンプレックスをもちいつも芸術や文学に惹かれていました。数々の相違がある中、マリリンを疲弊させたのはディマジオの異様な嫉妬深さでした。

マリリンモンローの生涯

あの有名なスカートがふんわりとまくりあがる写真が撮られたのもこの頃ですが、撮影の翌日マリリンの友人は彼女の身体があざだらけになっているのを目撃しています。夫の暴力によるものでした。そうして同年10月には離婚が発表され、わずか9ヶ月の結婚生活は終わりを告げたのでした。

 

3度目の結婚相手は、知的作家

マリリンモンローの生涯

それから2年後、マリリンが今度こそ成功させたいと願ったのは劇作家アーサー・ミラーとの結婚でした。ユダヤ人であるミラーにあわせてユダヤ教の結婚式をあげ、義理母からユダヤ料理を習ったり、はたまた子供が生まれたら女優をやめて家庭にはいるとまで公言。しかしこれは2回の流産で実現することはありませんでした。

うまくいっているようにみえたのですが、元々知的な職業の人間に対してなかば崇拝にちかい念を抱いていたマリリン夫を尊敬すればするほどついていけないと自分を感じて、自信を失っていき、まるで比例するように睡眠薬の使用が増えていきました。それは日常生活にも影響がでて、昼間も意識が朦朧となるほどでした。

マリリンモンローの生涯

妻の睡眠薬中毒を監視し、不安神経症でいつどこへいく時も同行してくれるよう要求するマリリンにミラーは疲労困憊し、別人のように変わり果ててしまったのでした。やがて不安を払拭するかのようにマリリンが不倫に走り、結婚生活に幕を下ろしたのでした。

 

ケネディ大統領らとの危ない関係

マリリンモンローの最後

マリリン・モンローが、自宅の寝室で死体となって発見されたのは、1962年8月5日のことでした。死因は大量の睡眠薬服毒によるものとされていますが、そこにはあの暗殺されたアメリカ大統領ジョン・F・ケネディら兄弟が関わっていのではないかといわれています。

はじめは兄のジョン、彼との関係がスクープされそうになると夫のロバート。マリリンは別れ話が出るごとに「関係をばらしてやる」と息巻き、ホワイトハウスへ電話をかけるほどでした。変わらず睡眠薬の多量摂取で自殺未遂を繰り返していたマリリンでしたが、近くには水を入れたコップもなく胃の中からあるはずのカプセルが発見されなかったことなどから怪死事件としても世間を騒がせました。当日ロバート・ケネディ氏が彼女の自宅を訪れていたという噂もあり、ケネディ氏らに関連するものは事件後すぐに破棄されたともいわれています。

 

マリリン・モンローの最後

マリリンモンローの最後

マリリン・モンローが発見されたのは、ロスにある自宅のベッドでした。

発見したのは家政婦のマレー夫人、マリリンは何も着ていない状態で、受話器を握って亡くなっていたそうです。死後マリリンの遺体は検死にかけられ、毒物検査から常用の10倍近い50錠近くの睡眠薬を摂取していたことが判明し、自殺の可能性が高いことが警察により示されました。

マリリンモンローの最後

その後の調査でも、マリリンがそれまでにもなどか自殺をはかっており、そのたびに友人へ電話していたことも判明しました。この度はまた、同じような状況とはいえど、しかし助かるためにはタイミングが悪かったのでしょうか。里子としていくつもの家をたらい回しにされ、3度もの結婚を経験し多くの有名人とも浮名を馳せたマリリン・モンロー。映画スターとしても成功し怒涛の人生を送ったマリリン、それも意図してか意図せずかわずか36年で終わりを告げたのでした。

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あとがきにかえて

マリリンモンローの最後

1961年劇作家であるアーサー・ミラーと離婚したマリリン・モンローは、その後精神病院へと入院することとなりました。「軽症患者」の病室ではありましたが、その時の生活はというと、ドアの外から鍵をかけられ電話も禁じられるというショックなものでした。祖母や母が精神病者だったマリリンは、自分もいつか狂ってしまうのではないかと不安に苛まれていたといいます。

マリリンモンローの最後

幼い頃は里子に出されろくな愛情をもらえなかった彼女ですがそのときの経験がトラウマとなり、誰と結婚しても不倫に走っても、どんなに愛情をもらったとしても、満足することができなかったのかもしれません。マリリン・モンローの最後には、不可解な謎が残されていましたが彼女が睡眠薬を多量に服用していたのは周知の事実でした。そういった数々の経験が積み重なり、まるで細い系が絡まるかのように、いつしかほどけなくなってなってしまったのかもしれません。そんな不幸をまるで感じさせないマリリンの写真の数々は、今も世界中の人々を魅了し続けているのでした。

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参考文献

  • https://en.wikipedia.org/wiki/Marilyn_Monroe
  • https://people.com/politics/marilyn-monroe-affair-john-f-kennedy-robert-f-kennedy/
  • https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/10221582/How-Jackie-Kennedy-could-not-ignore-Marilyn-Monroe.html

 

  • https://nypost.com/2017/10/27/rfk-fbi-were-warned-about-book-detailing-marilyn-fling/
  • https://historycollection.com/10-historic-presidential-scandals/9/

 

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