EVER UPWARD. WE CAN DO IT.

【ハプスブルク家】高貴な青い血, 顎にみえる禁断の歴史

2019/06/25
 
この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

 

650年近く広大な土地を支配した王家をご存知でしょうか。オーストリアに存在した「ハプスブルク家」は、結婚、征服を繰り返し世界への支配を拡大してきました。途中からオーストリアとスペインに分かれ別々の領土を支配していたわけですが、緊密な関係を維持し、自分たちの「高貴な青い血」を守るため頻繁に近親婚を繰り返していました。

血が濃くなるほどその影響は顕著になり、スペイン家の最後の皇帝カルロス2世は、幼少期には衣服を身につけた動物のようであり、教育らしい教育をすることも困難であったと言われています。この記事では、沈まぬ帝国と呼ばれたハプスブルク家になにが起きていたのか、踏み込んでみたいとおもいます。

スポンサーリンク

 

世界の偉大な王家、ハプルブルク家とは

(画像ルドルフ1世1291 Family Tree of the Habsburg dynastyより引用)

ハプスブルク家はヨーロッパで最も影響力があり、傑出した王家のひとつでした。はじまりはルドルフ1世が1273年にローマ皇帝に即位したこと。元々はドイツ国境を守る公爵として、続いてオーストリア皇帝およびドイツ民族神聖ローマ帝国の皇帝となり王家の歴史がはじまっていきます。同家の領土は、数年以内に王朝の結婚、征服、同盟や征服などにより、ハプスブルク家の領土はオーストリア、ボヘミア、それ以降にまで及びました。

こちらはスペインハプスブルク家の宮廷画家、ベラスケスが描いたラスメニーナスという有名な絵画です。もしかしたらこの絵は見たことがある、という方もいるかもしれません。真ん中に映る愛くるしい少女はこの後出てくるスペイン最後の皇帝となったカルロス2世の姉マルガリータ王女です。この絵は皇帝視点で描かれており、奥の鏡のなかに皇帝夫妻が写っていることでも有名ですね。

スポンサーリンク

一族が苦しんだ下顎前突症は、度重なる近親婚の影響

 

ハプスブルク家の一族が苦しんだ「下顎前突症」

(カール5世(Karl V., ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝)

こちらの肖像画は、スペインハプスブルク家の絶頂期に君臨したカール5世 (神聖ローマ皇帝、カルロス1世とも呼ばれる)です。両親の血を引いて生まれつきアゴの筋力が弱く、下顎前突症であり、また幼少期の病気により鼻腔が閉塞気味であったため、多くの肖像画でも見られる通り、一見すると非常に下あごが突出してるように見え、常に口の開いた状態だったとされています。これが近親婚の末子孫に引き継がれていきます。

カルロス1世は次々と領地を開拓し、世界最大の植民地帝国を築いた人物です。非常に優れていたとされており、度重なる戦いの末地位を譲る際、「これまで余は、経験不足や、あまりのむこうみずさなどによって、多くの過ちを犯してきた。しかし、けっして誰かを傷つけようという意図はもっていなかった。もし万一、そんなことがあったとすれば、ここに許しを請いたい」と言って、涙で演説がとぎれたという人柄のわかるエピソードも残っています。

スポンサーリンク

近親婚の影響を最も受けた、スペインのカルロス2世

(Charles II of Spain, a painting by Juan de Miranda Carreno. Note the prominent jaw)

スペインのチャールズ王(カルロス)II世はハプスブルク家最後のスペイン国王です。度重なる近親婚の影響で生まれる子供は幼くしてなくなることが多く、また度重なる出産により王妃が衰弱し亡くなる、といった事態も多くありました。カルロス2世はまさに断絶間近の王家の希望だったのです。

しかし一家が喜んだのもつかの間。チャールズ2世の容姿は妻が怯えるほどで、また知性にも影響が出ており適切な判断が下せず、スペインとその近隣諸国を適切に支配することができなかった、といわれています。これが16世代にわたる近親交配の結果であり、結局彼は子供を残すことができなかったため、スペインのハプスブルク家はカルロス2世の代で断絶することとなりました。(記事「This Inbred Spanish King Was “So Ugly” He Scared His Own Wife(近親交配により生まれた皇帝は妻が怯えるほど醜かった)」参考)ちなみに近親係数云々についてはこちら(ラスメニーナスに描かれた王女、マルガリータ|血族結婚がもたらした悲劇)にまとめております。

 

そもそもなぜ近親婚がタブーとされるのか

(フベラスケス最後の肖像画は、フェリペ・プロスペロ皇子)

こちらは先ほど出てきたカルロス2世の兄、フェリペ・プロスペロ皇子です。肖像画(特に手)には病弱であったことが反映されています。フェリペ皇子は身体が弱く、カルロス2世誕生の数日前にわずか4歳でこの世を去りました。

近親婚が禁止されている理由は、血が近いと同じ「劣等遺伝子」「欠損」を保持している可能性があり、それがそのまま子供に受け継がれてしまう可能性が高いからです。それが子供に受け継がれた場合、良くも悪くも普通から外れる可能性が高いといいます。これが美形だったり優秀な能力を持っていたりすれば良いのですが、ハプスブルク家にみられる「下顎前突症」などわかりやすく表面化してしまうことがあるのです。

 

スペインハプルブルク家、5代にわたる近親婚の経緯

実際にどういう経緯で近親婚が繰り返されていたのかは、別記事に詳しく解説しておりますので興味のある方はこちらから。名門スペイン王室として、臣下や格下の諸侯との結婚などありえなかった。透けるような白い肌、高貴な青い血を守るため、血族血結婚を繰り返したハプスブルク家。高貴な血を守ること、プライドは、王家断絶より重要なことだったのでしょうか。

 

ハプスブルク家の終焉

(Portrait of Maria Theresa of Habsburg, Francis I, Holy Roman Emperor, and their thirteen children)

ハプスブルク帝国の公式終焉は19181111日、帝国の崩壊はヨーロッパの自由の始まりであり「独裁者の時代の幕開けとなった」とも言われています。ハプスブルク家の複雑な歴史、ハプスブルク帝国の衰退と没落(1989)を最も明快かつ簡潔に紹介したものの一つとして、アラン・スクは、「13世紀から20世紀にかけて、彼らは現在のドイツ、オーストリア、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダ、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランド、ハンガリーにおいて帝国、王国、公国、公国の統治者を提供した」と言葉を残しています。

 

顎だけではない、宮廷に作られた子供たち

顕著な例として取り上げたチャールズ2世について今回色々な文献を調べました。悲しいことに顎だけではなく、ここには書けないほど悲しい見解が、解剖医師により残されていました。あえて訳すことはしませんが、一部あえて取り上げるのであれば、「もし彼の出生が始まりだというのなら、”その始まり自体が彼の終わりだった”と言うのが真実かもしれない」といったことが、かかれています。

The physician who performed his autopsy stated his body “did not contain a single drop of blood; his heart was the size of a peppercorn; his lungs corroded; his intestines rotten and gangrenous; he had a single testicle, black as coal, and his head was full of water.”His life was memorably summarised by John Langdon-Davies as follows: “We are dealing with a man who died of poison two hundred years before he was born. If birth is a beginning, of no man was it more true to say that in his beginning was his end. From the day of his birth they were waiting for his death. (https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_II_of_Spain)

 

あとがきにかえて

名声に権力に富、一度手に取ると、人間はどんな道でも走ってしまうのでしょうか。それがいけないこと(よくない結果を生み出すこと)とわかっていても。一国(その他の領地)を背負って戦いながらも進まないといけない、それを次世代に渡さなければいけないプレッシャーは計り知れないものだったのかも。その中でも希望を託して生まれてきた子供達、ただしゃくれているとかそういう問題でなく、色々と身体も辛く、痛かっただろうなあ、とか色々なことを考えてしまうのです…しかしどんな形であれ宮廷の宿命を全うした彼らは今頃、生まれ変わって平和な生活を送っていたらいいなあ、と思うのでした。(植民地云々の話しはおいて、ここにおくのはあくまで、宮廷の子供視点での解釈です)

この記事を読んだ人へオススメの記事

スポンサーリンク

この記事を書くために参考にさせていただいたサイト

  • The Habsburg Jaw And The Cost Of Royal Inbreeding(https://allthatsinteresting.com/habsburg-jaw)
  • Great dynasties of the world: The Habsburgs (https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2011/jun/11/great-dynasties-habsburg-empire)
  • The Habsburg legacy (https://dailycollegian.com/2011/09/the-habsburg-legacy/)
  • Family Tree of the Habsburg dynasty(https://www.open.edu/openlearn/languages/german/family-tree-the-habsburg-dynasty)
  • Royal Inbreeding and the Habsburg Jaw( https://secretvienna.org/royal-inbreeding-and-the-habsburg-jaw/)
  • Charles II (https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/charles-ii/d8a541b7-c3d9-4b08-ad96-aa9d0cb98736)
この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち、英会話スクールの公式カウンセラーを併任。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です