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【ハプスブルク家と高貴な青い血| 顎と下唇にみえる禁断の歴史】

2020/01/25
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

650年近く広大な土地を支配した王家をご存知でしょうか。オーストリアに存在した「ハプスブルク家」は、結婚、征服を繰り返し世界への支配を拡大してきました。途中からオーストリアとスペインに分かれ別々の領土を支配していたわけですが、緊密な関係を維持し、自分たちの「高貴な青い血」を守るため頻繁に近親婚を繰り返していました。

血が濃くなるほどその影響は顕著なりスペイン家の最後の皇帝『カルロス2世』は、幼少期には衣服を身につけた動物のようであり、教育らしい教育をすることも困難であったと言われていますこの記事では、沈まぬ帝国と呼ばれたハプスブルク家になにが起きていたのか、その歴史を紐解いていきたいとおもいます。

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世界の偉大な王家、ハプルブルク家とは

(画像ルドルフ1世1291 Family Tree of the Habsburg dynastyより引用)

ハプスブルク家はヨーロッパで最も影響力があり、傑出した王家のひとつでした。はじまりはルドルフ1世が1273年にローマ皇帝に即位したこと元々はドイツ国境を守る公爵として、続いてオーストリア皇帝および、ドイツ民族神聖ローマ帝国の皇帝となり王家の歴史がはじまっていきます同家の領土は、数年以内に王朝の結婚、征服、同盟や征服などにより、ハプスブルク家の領土はオーストリア、ボヘミア、それ以降にまで及びました。

こちらはスペインハプスブルク家の宮廷画家、ベラスケスが描いた『ラスメニーナス』という有名な絵画です。真ん中に映る愛くるしい少女は、スペインハプスブルク家最後の皇帝となったカルロス2世の姉、マルガリータ王女ですこの絵は皇帝視点で描かれており、奥の鏡のなかに皇帝夫妻が写っていることでも有名ですね。

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一族が苦しんだ下顎前突症は、度重なる近親婚の影響

ハプスブルク家の一族が苦しんだ「下顎前突症」

(カール5世(Karl V., ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝)

こちらの肖像画は、スペインハプスブルク家の絶頂期に君臨した『カール5世 (神聖ローマ皇帝、カルロス1世とも呼ばれる)』です。両親の血を引いて生まれつきアゴの筋力が弱く下顎前突症であり、また幼少期の病気により鼻腔が閉塞気味であったため多くの肖像画でも見られる通り、一見すると非常に下あごが突出してるように見え、常に口の開いた状態だったとされています。これが近親婚の末子孫に引き継がれていきます。

カルロス1世は次々と領地を開拓し、『世界最大の植民地帝国』を築いた人物です。非常に優れていたとされており、度重なる戦いの末地位を譲る際、

これまで余は、経験不足や、あまりのむこうみずさなどによって、多くの過ちを犯してきたしかし、けっして誰かを傷つけようという意図はもっていなかったもし万一、そんなことがあったとすれば、ここに許しを請いたい」

と言って、涙で演説がとぎれたという人柄のわかるエピソード残っています。

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近親婚の影響を最も受けた、スペインのカルロス2世

(Charles II of Spain, a painting by Juan de Miranda Carreno. Note the prominent jaw)

スペインのカルロス2世は『ハプスブルク家最後のスペイン国王』です。ハプスブルク家では、度重なる近親婚の影響で生まれる子供は幼くして亡くなり、また王妃も度重なる出産により衰弱してしまう、といった事態が多くありました。カルロス2世はまさに断絶間近の王家の希望だったのです。

しかし一家が喜んだのもつかの間、チャールズ2世の容姿は妻が怯えるほどで、また知性にも影響が出ており適切な判断が下せず、スペインとその近隣諸国を適切に支配することができなかった、といわれています。これが16世代にわたる近親交配の結果であり、結局彼は子供を残すことができなかったためスペインのハプスブルク家はカルロス2世の代で断絶することとなりました。ちなみに近親係数云々についてはこちらラスメニーナスに描かれた王女、マルガリータ|血族結婚がもたらした悲劇にまとめております。

(記事「This Inbred Spanish King Was “So Ugly” He Scared His Own Wife(近親交配により生まれた皇帝は妻が怯えるほど醜かった)」参考)

 

そもそもなぜ近親婚がタブーとされるのか

(フベラスケス最後の肖像画は、フェリペ・プロスペロ皇子)

こちらは先ほど出てきた『カルロス2世の兄、フェリペ・プロスペロ皇子』です。 肖像画に反映されているとおり、フェリペ皇子は身体が弱く、カルロス2世誕生の数日前にわずか4歳でこの世を去りました 。

そもそも近親婚が禁止されている理由は血が近いと同じ「劣等遺伝子」「欠損」を保持している可能性があり、それが強く子供に受け継がれる可能性があるからです。

「劣等遺伝子」が顕著に受け継がれた場合、良くも悪くも普通から外れる可能性が高いといいます。これが美形だったり優秀な能力を持っていたりすれば良いのですがハプスブルク家にみられる「下顎前突症」などわかりやすく表面化してしまうことがあるのです。(参考記事:【ベラスケス最後の肖像画】儚く美しいマルガリータの弟、フェリペ王子)

 

スペインハプルブルク家、5代にわたる近親婚の経緯

名門スペイン王室として、臣下や格下の諸侯との結婚などありえなかった透けるような白い肌、高貴な青い血を守るため、血族血結婚を繰り返したハプスブルク家高貴な血を守ること、プライドは、王家断絶より重要なことだったのでしょうか。(より詳しい家系図はこちら:だれにでもわかる【肖像画でみるハプスブルク家系図 】

(家系図引用禁止:https://hubpages.com/travel/TheCompleteHistoryOfViennaCapitalOfAustriaを元に著者作成)

実際にどういう経緯で近親婚が繰り返されていたのかは、別記事に詳しく解説しておりますので興味のある方はコチラから

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ハプスブルク家の終焉

(Portrait of Maria Theresa of Habsburg, Francis I, Holy Roman Emperor, and their thirteen children)

ハプスブルク帝国の公式終焉は1918年11月、帝国の崩壊はヨーロッパの自由の始まりであったとも言われていますハプスブルク家の複雑な歴史を最も明快かつ簡潔に紹介した文として、アラン・スクは13世紀から20世紀にかけて、現在のドイツ、オーストリア、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダ、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランド、ハンガリーにおいて帝国、王国、公国、公国の統治者を提供した」と言葉を残しています。

 

顎だけではない、宮廷に作られた子供たち

顕著な例として取り上げたチャールズ2世について今回色々な文献を調べました。悲しいことに顎だけではなく、ここには書けないほど悲しい見解が、解剖医師により残されていました。あえて訳すことはしませんが、一部あえて取り上げるのであれば、もし彼の出生が始まりだというのなら、”その始まり自体が彼の終わりだった”と言うのが真実かもしれない」といったことが、かかれています。

The physician who performed his autopsy stated his body “did not contain a single drop of blood; his heart was the size of a peppercorn; his lungs corroded; his intestines rotten and gangrenous; he had a single testicle, black as coal, and his head was full of water.”His life was memorably summarised by John Langdon-Davies as follows: “We are dealing with a man who died of poison two hundred years before he was born. If birth is a beginning, of no man was it more true to say that in his beginning was his end. From the day of his birth they were waiting for his death. (https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_II_of_Spain)

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あとがきにかえて

(狂女フアナ)

名声に権力に富、一度手に取ると、人間はどんな道でも走ってしまうのでしょうか。それがよくない結果を生み出すとわかっていても。国を背負って戦いながらも進まないといけない、それを次世代に渡さなければいけない、といったプレッシャーは計り知れないものです。その中でも希望を託して生まれてきた子供達、ただしゃくれているとかそういう問題でなく、色々と身体も辛く、痛かっただろうなあ、とか色々なことを考えてしまうのです…しかしどんな形であれ宮廷の宿命を全うした彼らは今頃、生まれ変わって平和な生活を送っていたらいいなあ、と思うのでした。(植民地云々の話しはおいて、ここにおくのはあくまで、宮廷の子供視点での解釈です)

ハプスブルク家シリーズはこちら

その他関連記事

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この記事を書くために参考にさせていただいたサイト

  • The Habsburg Jaw And The Cost Of Royal Inbreeding(https://allthatsinteresting.com/habsburg-jaw)
  • Great dynasties of the world: The Habsburgs (https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2011/jun/11/great-dynasties-habsburg-empire)
  • The Habsburg legacy (https://dailycollegian.com/2011/09/the-habsburg-legacy/)
  • Family Tree of the Habsburg dynasty(https://www.open.edu/openlearn/languages/german/family-tree-the-habsburg-dynasty)
  • Royal Inbreeding and the Habsburg Jaw( https://secretvienna.org/royal-inbreeding-and-the-habsburg-jaw/)
  • Charles II (https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/charles-ii/d8a541b7-c3d9-4b08-ad96-aa9d0cb98736)
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