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ハプスブルク家と高貴な青い血【あごと下唇にみえる禁断の歴史】

2020/04/01
 
高貴な青い血
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

650年近く広大な土地を支配した王家をご存知でしょうか。ヨーロッパに君臨したハプスブルク家は、結婚、征服を繰り返し世界への支配を拡大してきました。途中からオーストリアとスペインに分かれ別々の領土を支配していたわけですが、緊密な関係を維持し自分たちの「高貴な青い血」を守るため頻繁に近親婚を繰り返していました。

スペインハプスブルク家のあごと下唇 (カルロス2世 近親婚の影響をもろに受けた人物)

血が濃くなるほどその影響は顕著になり、スペインハプスブルク家の最後の皇帝となった『カルロス2世』は、幼少期には衣服を身につけた動物のようだったと言われています。この記事では、『沈まぬ帝国と呼ばれたハプスブルク家になにが起きていたのか』その歴史を紐解いていきたいとおもいます。

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世界に君臨した巨大な王朝、ハプスブルク家とは

スペインハプスブルク家のあごと下唇(画像ルドルフ1世1291 Family Tree of the Habsburg dynastyより引用)

ハプスブルク家はヨーロッパで最も影響力があり、傑出した王家のひとつでした。はじまりはルドルフ1世が1273年にローマ皇帝に即位したこと。「結婚は他の者にまかせておけ。汝は結婚せよ (Let others wage war: thou, happy Austria, marry)」という家訓のとおり、ハプスブルク家は領土を、結婚や征服、同盟の締結などにより領土を格段に広げていったのでした。

スペインハプスブルク家のあごと下唇 (ラス・メニーナス 画:ベラスケス)

こちらはスペイン・ハプスブルク家の象徴ともいえる絵『宮廷画家ベラスケスが描いたラス・メニーナスです。真ん中に映る愛くるしい少女は、カルロス2世の姉マルガリータ王女です。この絵は皇帝視点で描かれており、奥の鏡のなかに皇帝夫妻が写っていることでも有名ですね。 (詳細:【ラス・メニーナス】ベラスケスの胸に描かれた赤い十字の謎)

 

ハプスブルク家の一族が苦しんだ「下顎前突症」

スペインハプスブルク家のあごと下唇(カール5世(Karl V., ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝)

こちらの肖像画は、スペインハプスブルク家の絶頂期に君臨した『カール5世 (神聖ローマ皇帝、カルロス1世とも呼ばれる)です。両親の血を引いて生まれつきアゴの筋力が弱く、下顎前突症であり、また幼少期の病気により鼻腔が閉塞気味であったため、多くの肖像画でも見られる通り、一見すると非常に下あごが突出してるように見え、常に口の開いた状態だったとされています。これが近親婚の末子孫に引き継がれていきます。

スペインハプスブルク家のあごと下唇

カルロス1世は次々と領地を開拓し、『世界最大の植民地帝国』を築いた人物です。非常に優れていたとされており、度重なる戦いをへて、いざ自分が地位をゆずる時には

memoこれまで余は経験不足やあまりのむこうみずさなどによって、多くの過ちを犯してきた。しかし、けっして誰かを傷つけようという意図はもっていなかった。もし万一そんなことがあったとすればここに許しを請いたい

と言って、涙で演説がとぎれたという人柄のわかるエピソードも残っています。

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近親婚の影響を最も受けた、スペインのカルロス2世

スペインハプスブルク家のあごと下唇(Charles II of Spain, a painting by Juan de Miranda Carreno. Note the prominent jaw)

カルロス2世は、スペインハプスブルク家最後の皇帝です。ハプスブルク家では近親交配により身体が脆弱にうまれる傾向が高く、生まれる子供は幼くして亡くなり、また王妃も度重なる出産により亡くなるといった事態が多くありました。まさに断絶間近の王家にとって、カルロス2世は「希望の子」だったのです。

しかし一家が喜んだのもつかの間、

  • 奇跡の子と呼ばれたカルロス2世の容姿は妻が怯えるほど
  • また知性にも影響が出ており適切な判断が下せず
  • スペインとその近隣諸国を適切に支配することができなかった

といわれています。

これが16世代にわたる近親交配の結果であり、結局彼は子供を残すことができなかったため、スペインのハプスブルク家はカルロス2世の代で断絶することとなりました。ちなみに近親係数云々についてはこちらラスメニーナスに描かれた王女、マルガリータ|血族結婚がもたらした悲劇にまとめております。

 

その影響は、後世にうまれたマリー・アントワネットにも

ハプスブルク家のあごと下唇 (マリー・アントワネット) (若き日 乗馬服のアントワネット 1771年、ヨセフ・クランツィンガー画)

1775年に、オーストリアの国母と慕われた女帝マリア・テレジアの末娘として生まれたマリー・アントワネットあまり知られていませんが、彼女にもハプスブルク家の「顎と下唇」は受け継がれています。母マリア・テレジアが、娘を授かったときの言葉が残っています。

マリー・アントワネットの両親 雪のように白く、真珠のように輝きのある肌に豊かな頰。これは私のお母様に似たのね。この子にとってきっと宝物になるわ。長い顎と突き出した下唇はハプスブルク家からの贈り物よ物事に不満を持たず、いつも微笑んでいる子に育てましょうそうすれば下唇が目立たずにすむわね (画像:母マリア・テレジアと夫フランツ・ヨーゼフ)

【逝くならフランス王妃として】マリー・アントワネットの悲喜劇的な生涯 (マリーアントワネットの肖像画)

一般的に恨みつらみで残酷な最期を迎えた悲劇の王妃として知られている彼女ですが、フランスへ嫁いだ時、国民の大多数は平和の象徴として大歓迎したといいます。そしてなめらかな白い肌で、生き生きした瞳、鷲鼻は貴族的とされ「ハプスブルク家特徴の受け口もかわいいとされたそうです。(参考記事:【逝くならフランス王妃のままで】マリーアントワネットの最期の覚悟)

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そもそもなぜ近親婚がタブーとされるのか

スペインハプスブルク家のあごと下唇(フベラスケス最後の肖像画は、フェリペ・プロスペロ皇子)

こちらは先ほど出てきた『カルロス2世の兄、フェリペ・プロスペロ皇子』です。 肖像画に反映されているとおり、フェリペ皇子は身体が弱くわずか4歳でこの世を去りました 。そもそも近親婚が禁止されている理由は

  • 血が近いと同じ「劣等遺伝子」「欠損」を保持している可能性があり
  • それが強く子供に受け継がれる可能性があるからです。

スペインハプスブルク家のあごと下唇劣等遺伝子」が顕著に受け継がれた場合、良くも悪くも普通から外れる可能性が高いといいます。これが美形だったり優秀な能力を持っていたりすれば良いのですがハプスブルク家にみられる「下顎前突症」などわかりやすく表面化してしまうことがあるのです。(参考記事:【ベラスケス最後の肖像画】儚く美しいマルガリータの弟、フェリペ王子)

 

スペインハプルブルク家、5代にわたる近親婚の経緯

ハプスブルク家のあごと下唇

名門スペイン王室として、臣下や格下の諸侯との結婚などありえなかった透けるような白い肌、高貴な青い血を守るため、狭いなかで血族結婚を繰り返したハプスブルク家。高貴な血を守ること、プライドは、王家断絶より重要なことだったのでしょうか。

ハプスブルク家全体の家系図

(スペインハプスブルク家のより詳しい家系図はこちら:だれにでもわかる【肖像画でみるハプスブルク家系図 】

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ハプスブルク家の終焉

スペインハプスブルク家のあごと下唇

(Portrait of Maria Theresa of Habsburg, Francis I, Holy Roman Emperor, and their thirteen children)

ハプスブルク帝国の公式終焉は1918年11月、帝国の崩壊はヨーロッパの自由の始まりであったとも言われています。ハプスブルク家の複雑な歴史をかんたんに紹介した文として

memo13世紀から20世紀にかけて現在のドイツ、オーストリア、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダ、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランド、ハンガリーにおいて帝国、王国、公国、公国の統治者を輩出した

とアラン・スクが言葉を残しています。

 

顎だけではない、宮廷に作られた子供たち

顕著な例として取り上げたチャールズ2世について今回色々な文献を調べました悲しいことに顎だけではなく、悲惨な見解が解剖医師により残されていました

The physician who performed his autopsy stated his body “did not contain a single drop of blood; his heart was the size of a peppercorn; his lungs corroded; his intestines rotten and gangrenous; he had a single testicle, black as coal, and his head was full of water.”His life was memorably summarised by John Langdon-Davies as follows: “We are dealing with a man who died of poison two hundred years before he was born. If birth is a beginning, of no man was it more true to say that in his beginning was his end. From the day of his birth they were waiting for his death. (https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_II_of_Spain)

あえて訳すことはしませんが、あえて取り上げるのであれば「彼はすでに生まれた時から、死に瀕していたといっても過言ではない」といったことが、かかれています。(参考記事:カルロス2世が背負った呪い【スペインハプスブルク家の近親交配と没落】)

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あとがきにかえて

(スペインハプスブルク家の始祖 狂女フアナ)

名声に権力に富、一度手に取ると、人間はどんな道でも走ってしまうのでしょうか。それがよくない結果を生み出すとわかっていても。国を背負って戦いながらも進まないといけない、それを次世代に渡さなければいけない、といったプレッシャーは計り知れないものです。

その中でも希望を託して生まれてきた子供達、ただしゃくれているとかそういう問題でなく、「身体も辛く痛かっただろうなあ」とか色々なことを考えてしまいます。しかしどんな形であれ宮廷の宿命を全うした彼らは今頃、生まれ変わって平和な生活を送っていたらいいなあ、と思うのでした(植民地云々の話しはおいて、ここにおくのはあくまで、宮廷の子供視点での解釈です)

ハプスブルク家シリーズはこちら

その他関連記事

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この記事を書くために参考にさせていただいたサイト

  • The Habsburg Jaw And The Cost Of Royal Inbreeding(https://allthatsinteresting.com/habsburg-jaw)
  • Great dynasties of the world: The Habsburgs (https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2011/jun/11/great-dynasties-habsburg-empire)
  • The Habsburg legacy (https://dailycollegian.com/2011/09/the-habsburg-legacy/)
  • Family Tree of the Habsburg dynasty(https://www.open.edu/openlearn/languages/german/family-tree-the-habsburg-dynasty)
  • Royal Inbreeding and the Habsburg Jaw( https://secretvienna.org/royal-inbreeding-and-the-habsburg-jaw/)
  • Charles II (https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/charles-ii/d8a541b7-c3d9-4b08-ad96-aa9d0cb98736)
  • 「This Inbred Spanish King Was “So Ugly” He Scared His Own Wife(近親交配により生まれた皇帝は妻が怯えるほど醜かった)」

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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