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普段は優しいマザーテレサに恐ろしい裏の顔【聖母は改宗させるための広告塔?】

 
マザーテレサへの批判
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謎の女性。歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

聖人として列聖され死後も多くの小説やドラマでその名が伝えられるマザー・テレサノーベル平和賞も受賞した彼女ですが、裏で『黒い交際』や『寄付金の横流し』といった噂がたち批判が集まっていたのはご存知でしょうか。今日は『死を待つ人家』を作り、子供たちのためにホスピス、炊き出し、学校、ハンセン病療養所、家を建て、街のスラム街での仕事をこなし『聖人』と呼ばれたマザー・テレサの黒い噂をみていきましょう。

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マザー・テレサに対する批判

世界中の人々から讃えられ、各国の政府や組織から称賛を受けたマザー・テレサですが、彼女に対しては生前から批判や告発、抗議の声もあがっていました。疑惑の矛先は、

  • 彼女の修道会の資金管理であり、
  • 末期の人への洗礼の奨励や医療ケアのクオリティ
  • そして植民地主義やレイシズムのアイコンとなっていることでありました。

 

『聖人』は教会のでっちあげ?

マザーテレサへの批判

イギリス人ジャーナリストのクリストファー・ヒッチェンズは1995年に『宣教師の立場』を刊行し、その中でマザー・テレサをきわめて否定的に扱いました。またリチャード・ドーキンスは『神は妄想である』の中で、『宣教師の立場』の題を挙げてマザー・テレサを「彼女は聖人ではない (ただのパフォーマンスだ)」と批判。

インド出身のアソシエイトエディター、クリティカ・ヴァラグールは2016年4月に『ハフィントン・ポスト』アメリカ版でマザー・テレサを批判しました。「『特別で優秀な白人が有色人種を助けるのだ』というイメージをインド人や西洋人に植えつけた」と主張し、「マザー・テレサの崇高なイメージは、脆弱化したカトリック教会によって行われたメディア・キャンペーンの結果である」と述べたのです。

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マザー・テレサの黒い交際

怪しい寄付金

ロバートマスクウェル

マザー・テレサは英国のメディア王として知られたロバート・マクスウェルからも資金提供を受けていました。彼は後に暴かれたように、従業員の年金基金から4億5000万ポンドを着服していたことで知られています。チャールズ・キーティングが事業で失敗した後に詐欺事件で起訴されたとき、キーティングの人柄を擁護する陳述書が『テレサ』の名で作成されたことにも批判が集まりました。キーティングはマザー・テレサに数百万ドルの寄付を行っており、彼女がアメリカを訪れる際には自分のプライベートジェット機を貸し出すことまでしていたといいます。

ちなみにロバート・マスクウェルは1991年にカナリア諸島近海で自らが所有する大型ヨット上から転落し、大西洋上で水死体となって発見されました。転落の原因は事故と見られるが、自殺説や他殺説などもささやかれています。

 

独裁者との親密なつきあい

エンヴェル・ホッジャ

マーベリック英国生まれの作家クリストファー・ヒッチェンズは、彼女を「宗教的原理主義者、政治的工作員、原始的な説教者、そして世俗的な世俗的権力の共犯者」と表現しました。彼はマザー・テレサがアルバニアエンヴェル・ホッジャ政権をテレサが支持していたとして、デュヴァリエとの交際と同じく批判しています。テレサは1989年8月にアルバニアを訪れており、そこでホッジャの未亡人であるネジミエをはじめ当時のアルバニア首脳や政府要人から歓迎を受けていました。その後テレサはホッジャの墓に花束をそなえ、マザー・アルバニア像に花冠を飾っています。

マザーテレサへの批判

話題の本「宣教師の立場」の中で、ヒッチェンズはシスターの「苦しみのカルト」を批判し、彼女がいた都市を「地獄のような場所」として描きました。彼はまた、シスター達に対する懐疑的なドキュメンタリー『ヘルズエンジェル』を発表しています。

 

あまりに酷い医療ケア、逃げ出すボランティア

アループ・チャテジー

また2003年には、ロンドンに拠点を置く医師アループ・チャテジーは、修道女のシスター関係者に約100回のインタビューを行い、修道女に対する痛烈な批判を発表した。彼は、とりわけ、ひどい衛生状態の欠如(たとえば、皮下注射針の再利用)や自宅のシャンボリックケア施設を明るみにしました。

マイアミを拠点とするヘムリー・ゴンザレスは、2008年にコルカタの貧しい人々のためにとマザー・テレサ所以の家のひとつでボランティアとして2ヶ月働きましたが、慈善団体が運営する恐ろしく怠慢な現状と、メディアの矛盾にショックを受けやめていきました

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あとがきにかえて

マザー・テレサの「貧困の救済者」というパブリック・イメージには語弊があり、実際には彼女が運営した最大級の施設でもわずか数百人程度に施しをおこなっていたに過ぎないといいます。1998年にカルカッタでの活動が報告されている慈善支援団体は200を数えるが、テレサの宣教者会はその中でも大規模な慈善団体とはいえないのです。逆にアッセンブリーズ・オブ・ゴッドの慈善活動では、一日に1万8000食を振る舞い無数の困窮者を支援することで知られています。

修道会の主たる活動は慈善事業ではなく、むしろ資金が投じられていたのは伝道活動だとされており、例えば、パプアニューギニアに8箇所あった神の愛の宣教師会のうち、地元住民を受け入れている施設は一つもありませんでした。これらの施設は地元住民をカトリックに改宗させるためだけに運営されていたといいます。実際にあれだけ莫大な寄付金がどこに使われていたのかは誰もしれません。これらもすべてが本当かというと疑問が残りますが、彼女自身は『マザー・テレサ』という優しいシスターの仮面を被った教会の広告塔だったのかもしれません。

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参考文献

  • https://www.bbc.com/news/world-asia-india-37241762
  • https://swarajyamag.com/ideas/the-swarajya-indic-academy-webinar-aroup-chatterjee-on-mother-teresa-the-untold-story
  • https://scroll.in/video/805149/watch-the-christopher-hitchens-documentary-about-mother-teresa-that-termed-her-hell-s-angel

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