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【カルロス2世と王妃】醜くかったスペイン王

2020/08/25
 
カルロス2世 スペイン国王
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

中世のスペイン王室は『王室の血統』を維持しようと躍起になり、そのために続いた一族内の結婚のために子供たちを危険に晒すことになりました。この記事ではその禍がもっともあらわれた最後の王、カルロス2世についてみていきます

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スペインハプスブルク家にうまれたカルロス2世

カルロス2世 家系図

スペインのカルロス2世はスペイン・ハプスブルク家における最後の統治者です。彼は1661年11月6日に生まれ、わずか4歳の若さで国王になりました。幼い頃は彼の母親 (と彼女の寵愛する廷臣) が10年間摂政として君臨しました。

カルロス2世の容姿は周りが恐怖に怯えるほどに醜かったのですが、彼に落ち度は全くなくそれは高貴な血統を維持したいという一族の勝手極まる願望のためでした。

 

ハプスブルク家とは

ハプスブルク家 家系図

ヨーロッパを長く支配していたハプスブルク家元々はオーストリア地方を支配していた一族でした。ハプスブルク家の王子がスペイン王女と結婚し、そこから派生したのが『スペイン・ハプスブルク家』です。彼らはオランダ、ベルギー、ドイツの一部を支配していましたが、不幸にもカルロス2世は醜く、奇形も顕著にでており知性も発育不全で、スペインとその近隣諸国を適切に支配することはできませんでしこれは16世代にわたる近親交配の結果です。

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一族が重んじた『高貴な青い血』とその末路

ハプスブルグ家の人々は、数百年もの間権力保持に必死であり、近親同士の結婚が目立ちました。それは権力を外に逃さない、という意にくわえ、自分たちの高貴な青い血を下々のもので汚してはならない、といった考えも含まれていました。カルロス2世の母親は父親の姪で、つまり両親は叔父姪婚でありふたりの祖母は同じ… とかなり近いところで結婚がかわされていたのです。

カルロス2世

カルロス2世の最大の特徴は、一族によくみられる『ハプスブルクあご』です。2列の歯は噛み合わないために王は食べ物を噛むことができず舌はとても大きかったために殆ど話すことができませんでした。彼はなかなか歩くことができず、宮廷は半ば諦めた状態で『王がいる』という体裁だけつくろって教育すらも施しませんでした。そのため王は読み書きができず、周囲の人々に完全に依存している状態でした。

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遺伝病に苦しむカルロス2世と、受け入れられない王妃

妻をうつ病に追い込んだ、奇妙な夫

カルロス2世の妻

カルロス2世の最初の妻は、オルレアンのマリー・ルイーズ (ルイ14世の姪) 。フランス大使は1679年「カトリックの王は怖いほど醜い、病気に見える」と書いたといいますが、誇張もなくそれは正しい見解でした。カルロス2世の脚は体重を支えられず何度も転ぶような状態で、結婚式も代理人がおこないました。

1689年うつ病に苦しんでいたマリーは後継者を作ることなく亡くなりカルロスにも落ち込みがみられたといいます。抑うつはハプスブルグ人に共通の特徴で、痛風や浮腫、てんかんもそうでしたしかしカルロス2世が人を慄かせたのは、突き出た下あごでした。彼の大臣や顧問たちは、「後継を何としてもつくらねば」とこのスペイン君主に2度目の結婚を提案しました。

 

カルロス2世がわずらっていた病気

マリアナ (カルロス2世の妻)

彼の二度目の結婚相手はニューブールのマリア・アンナと、最初の妻が亡くなったわずか数週間後のことでした。彼女の家系は多産でありカルロス2世も少なくとも1人の子どもを持つことができるだろう、という見立てのもとでしたがそれもかないませんでした。スペインのカルロス2世はそもそも行為自体ができず、子供をもうけることができなかったといわれています。それは近親交配という彼の家族の遺産の一部で、彼はおそらく2つの遺伝病にかかっていました。

 

ひとつめは、複合型下垂体ホルモン欠乏症がありました。これが彼が背が低く不妊で衰弱しており、多くの消化器系の問題を引き起こさせたもので、もうひとつは遠位尿細管性アシドーシス、尿中に血液が混じり、筋肉が弱く、体の他の部分と比べて頭が異常に大きいのが特徴でした。カルロス2世の醜さと健康問題は彼が何をしたからではなく、何世代にもわたる近親交配が原因でした。

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知っておきたい知識

カルロス2世

皮肉なことに、ハプスブルグ家は『自分たちの血統を鑑みると、王族としか結婚できない』という思いにとらわれていましたこの考え方が少なくとも2世紀におよぶ近親交配を引き起こし、ついに王位継承者が潰えるという自体に陥ってしまったのです。

スペイン王カルロス2世は、1700年に39歳で他界しました。この終わりはスペイン継承戦争として知られるヨーロッパでの12年戦争を引き起こし、ハプスブルグ家によるスペインの支配はおわり、時代はブルボン王朝へとうつっていったのでした。

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参考記事

  • https://allthatsinteresting.com/charles-ii-of-spain

 

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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