ハプスブルク家

呪われた王室

【あごと下唇にみえる禁断の歴史】世界に君臨したハプスブルク家と高貴な青い血

650年近く広大な土地を支配した王家。血が濃くなるほどその影響は顕著になり、スペインハプスブルク家の最後の皇帝となった『カルロス2世』は、幼少期には衣服を身につけた動物のようだったと言われています。この記事では『沈まぬ帝国と呼ばれたハプスブルク家になにが起きていたのか』その歴史を紐解いていきます。
呪われた王室

ハプスブルク顎に秘められた恐るべき歴史【みてはいけない禁断の夢】

特徴的なハプスブルグあごに見られるしゃくれ、これは王家の近親交配による可能性が高いとして長年議論が重ねられてきました。そして新しい研究では、近親婚と突出した顎の相関関係が科学的に明らかになったのです。この記事では、ハプスブルク家に伝わるあごと下唇に秘された秘密を、研究結果とともに紐解いていきます。
ハプスブルク家

【スペインハプスブルク家の肖像画つき家系図 】誰でもわかる巨大王朝

驚異の一族は中世において、オーストリア系 (ロートリンゲン家)と、スペイン系のふたつに分裂します。この記事では、そんな混沌の時代におけるハプスブルク家を、肖像画付きの家系図で解説していきます。
呪われた王室

怖い絵画【青いドレスの王女マルガリータが背負った 宮廷人の宿命】

この記事のポイント 1. ハプスブルク家は「高貴なる青い血」を守るため、近親婚を繰り返していた 2. マルガリータ王女の近交係数は親子間・兄弟間の4倍であった 3. 21歳で産褥により亡くなり、6人の子供のうち成人したのは1人だけであった ...
ブルボン王朝

【マリーアントワネットの子供たちはどうなったのか】恐怖の監禁生活とその後

フランス革命ではマリー・アントワネットの子供達も残酷な目にあい、息子は処刑よりも悲しい最期を迎え、生き残ったのは長女マリー・テレーズだけでした。この記事ではマリー・アントワネットの子供達はどうなったのか、おっていきたいとおもいます。
ハプスブルク家

【ハプスブルク家系図まとめ】巨大な華麗なる一族 650年の歴史

ハプスブルク家が表舞台にでてくるキッカケとなったルドルフ1世から、マクシミリアン1世の婚姻外交。スペイン・ハプスブルク家が黄金時代を築くまで。マリー・アントワネットやエリザベートなど多くの美女をうみ、また衰退を迎え現在に至るまでの歴史を、肖像画つきの家系図で追っていきます。
その他

嫁ゾフィとエリザベートの影にはかなく消えた【フランツカール大公】

『ミュージカル エリザベート』で一躍有名となったハプスブルク皇妃シシィと、継母ゾフィ。そのゾフィの夫こそ、嫁いできた妻ゾフィの影にかくれ、名をあげることがなく生涯を閉じた大公フランツ・カールです。この記事では強気美女ふたりの影となった、ひと...
オーストリアの歴史

美と悲しみが織り成す皇后の物語【シシィと愛されたエリザベートの生涯】

シシィのあだ名で知られるエリザベート。オーストリア宮廷に嫁いだものの心を病み、王宮を離れてあちこち旅へ。厄介者扱いされながらも旅のなかで学び成長し、晩年はハンガリーとの関係修復に寄与するなど国民に寄り添った女性でもありました。 今日はそんな...
オーストリアの歴史

【絵画でみる絶世の美女】悲しみの皇妃とよばれたエリザベートの生涯

皇妃エリザべート。姉へレーネのお見合いについて行ったところから彼女の人生は、大きく傾きました。バート・イシュルでのお茶会の席上で、皇帝フランツ・ヨーゼフが一目惚れした少女こそ、当時15歳のエリザベートだったのです。この記事では、なぜ彼女が悲...
その他

【麗しのオーストリア】皇女佳子様が訪れたハプスブルク家ゆかりの地

2019年9月、秋篠宮家の次女・佳子さまが初めての外国公式訪問されたことが話題になっていますね。「Princess Kako(佳子妃)」として海外のメディアでも取り上げられている佳子様。今回は「国交150周年を記念してのオーストリア訪問だっ...