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画像でみるコンコルド | 歴史に消えた夢の音速旅客機

2020/11/27
 
concorde
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謎の女性。歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

2000年7月25日にパリ郊外のゴネシーで墜落したコンコルド。​エールフランス4590便は離陸直後に炎上し、搭乗者109人全員と地上の4人が死亡した未曾有の事故としても知られています。​コンコルドの死亡事故は24年ぶりで、​この出来事が2003年のコンコルドの事業撤退を早めたといわれています。今はなきコンコルド、ロンドンとニューヨークを3時間で結んだ幻の飛行機をみていきたいとおもいます。

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航空業界に衝撃を与えた、コンコルドの墜落事故

コンコルドの機内

​エールフランス4590便はパリからニューヨーク市までのチャーター便でした。​乗客の大部分は,ニューヨーク市でカリブ海行きの遊覧船に乗る途中のドイツ人観光客だったといいます。​4:43 PMごろ、当該機はパリのシャルル・ド・ゴール空港を離陸。​CET 14:44にニューヨークJFKに向けて離陸した同機は、落ちていた金属片の破片を轢き、2分もたたないうちに墜落しました。

コンコルド 超音速旅客機の墜落事故

の時点で飛行機は浮力を失い、郊外のゴネッセにある小さなホテルとレストランに衝突しました。被害は甚大で、​乗客100人と乗務員9人が全員死亡。​また、地上で4人が死亡し6人が負傷しました。

 

 

行き場を失った、超音速旅客機

コンコルド 超音速旅客機

​エールフランス航空は、残りのコンコルド便を直ちに運航停止にしました。唯一の運航会社であった英国航空も8月に追随しました。​両航空会社は2001年11月にいったん運航を再開するのですが、労力やコストが見合わないことも重なり2年間も経たないうちに、全社がコンコルドの運航は完全に停止しました。

​フランス政府の事故調査では、下記のように報告がなされました。

paperコンコルドが滑走路上に落ちていた金属片を踏み, タイヤがパンク。​ゴムの大きな破片が翼の下側の燃料タンクに当たり ​(燃料はフル装備のコンコルドの総重量の半分以上を占めた) その衝撃により, 満タンになっていたタンクが内部から破裂した可能性が高い。漏れた燃料は, 着陸装置配線のアークによるものと考えられるが,すぐに発火し,エンジンが停止した。

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事故原因の究明

コンコルド 超音速旅客機

コンコルド滑走の数分前、​滑走路上の金属片はコンチネンタル航空のDC−10から落下したジェットエンジン部品だったこともわかっています。エンジン部品(逆推力装置の摩耗ストリップ)は、最近、定期的なメンテナンスで交換されたもので、作業を行った整備士はエンジンの製造元が指定したステンレス鋼ではなく、チタン含有量が90%の合金製のストリップを使用していたそうです。

​この公式報告書に批判的な人々もおり、他の要因の可能性を指摘しました。​同機は、推奨されていた離陸重量を超過し、脚機構の スペーサー が欠落していたため滑走路を横滑りした可能性があるとされたのです。​離陸前にも風の変化があり、事故に拍車をかけた可能性も示唆されました。​また、運航乗務員がエンジンを早めに停止した可能性もあります。

 

責任の所在はどこにあるのか

コンコルド 超音速旅客機の墜落事故

​2010年にフランスの裁判所は、コンチネンタル航空とその整備士が、製造が不十分で不適切な素材を使用していたとして過失致死罪で有罪と判決しました。​裁判所は、タイヤが金属片に接触する前に火災が発生したという弁護団の主張を無視し、同年ポントワーズ軽罪裁判所はコンチネンタル航空の過失を認め、罰金20万ユーロ約2200万円の有罪判決を言い渡し同航空機の整備を担当した従業員1人に禁錮15カ月の執行猶予付き判決を言い渡しました。

コンチネンタル航空はこれに控訴して争い、ベルサイユ控訴院は2012年11月29日にコンチネンタル航空・従業員ともに逆転無罪判決を出しています。一方並行する民事裁判では、事故によってエール・フランス航空のイメージが低下した責任はコンチネンタル航空にあるとして、100万ユーロ(約8260万円)の損害賠償を命じた1審判決を支持しました。

 

事故をキッカケに徐々に幕を引いた超音速旅客機

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​コンコルドがエールフランスとブリティッシュ・エアウェイズに就航していたときは、27年間、コンコルドは墜落も事故もなく海を渡り、2000年7月25日の事故までほとんど何の事故もありませんでした

実際に何が起きていたかというと、異物を踏んだタイヤがパンクし左主翼下面及び脚室内に破片が落下。​左主翼に格納されていた満水状態の燃料タンクが破裂。着陸装置室に入った破片がワイヤーを切断し、上昇していた機体は車輪を引き戻すこともできず、破損した翼から発生した火花が漏れ出した燃料に引火し、彗星のように機体の後ろに引きずられるような巨大な炎が発生したのです。

事故原因を踏まえコンコルドのタンク内部の被膜は厚くされ、ケブラー繊維で補強。らにタイヤも破裂しにくい製品に改良するなど各種の安全対策が行われました。

 

全社が、コンコルド運行から撤退

コンコルド 超音速旅客機

墜落事故から1年3か月半経った2001年11月7日にコンコルドは旅客業務の再開が認められました。運航再開の第一便は満席(正規運賃はエコノミークラスでも片道40万円)、高くともそのエレガントな機体へのファンが根強く残っていたのです。しかし、その後の搭乗率は事故の影響で芳しくなく… 運行再開直前の時期にアメリカ同時多発テロが発生し旅客機そのものの顧客離れが起きました。

もともとコンコルドは運航コストが高い割に収益が上がらない旅客機でしたが、治世がそれらに拍車をかけエール・フランスはコンコルドの運航を2003年5月をもって終了。ブリティッシュ・エアウェイズも2003年10月24日に運航を取りやめたため、コンコルド全機の退役が決定しました。今から20年以上前に音速の飛行機が飛んでいたことも驚きですが、技術の進歩にはある程度の犠牲がつきものなのでしょうか。英知の結晶に感服するとともに、尊い犠牲に思いを馳せずにいられない出来事なのでした。

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参考文献

  • https://www.britannica.com/topic/Air-France-flight-4590
  • https://simpleflying.com/concorde-air-france-crash/
  • https://www.thesun.co.uk/news/10041812/concorde-crash-tiny-deadly-mistakes/
  • https://www.dw.com/en/remembering-concorde-50-years-on/g-47726222

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