カルロス2世に纏わる10の奇妙な逸話【スペインハプスブルクの闇】

カルロス2世呪われた王室
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スペイン・ハプスブルク家最後の統治者は、1661年に生まれたカルロス2世とても濃い血縁関係のなかで生まれた彼は重度の奇形に苦しみ、その結果、魔法にかけられた『呪いの子』として知られるようになりました。この記事では、スペイン王『カルロス2世』にまつわる、10の逸話をご紹介します。

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10の奇妙な事実

① 彼はハプスブルク近交系の縮図だった

スペインハプスブルク家系図 (誰でもわかる【肖像画つきハプスブルク家|家系図 】)

ハプスブルグ家は、権力を家族内にとどめるために、いとこや叔父、叔母などと結婚することで悪名高かく王位継承を続けてきました。代表的な例として、カルロスの曾祖父母はすべて同じ両親カスティーリャのフィリップIとジョアンナの子孫でありました。基本的に、彼らの子供たちは全員いとこと結婚しており、いとこは全員いとこ(または親しい間柄の人)と結婚しています。カルロスが生まれる頃には、血は「兄弟同士で生まれる子供」よりはるかに濃くなっていたそうです。

② カルロスはエルヘチザード (呪われた王) と呼ばれた

カルロス2世

近親交配の結果、カルロス2世はひどい奇形を患うことになりました。有名な「ハプスブルク顎」は、ひどい噛み合わせであり、カルロスは口も閉まらずまともに食べることすらままなりませんでした。スペインの人々には彼に対するあだ名は『El Hechizado』、日本語にすると「呪われた王」と訳されます。

③ 顕著にあらわれた、ハプスブルク顎

カルロス2世

ハプスブルク家のあごは、いとこまたは伯父姪婚などの近親婚によって顕著になっていきました。また肉体的にも奇形が生じたり、心身ともに脆弱になっていっていることに気づいていないどころか、ヨーロッパの王族の間ではごく普通のこと。カルロスは誰より顕著な『ハプスブルク家のあご』をもっており、幼いころは口をきくこともできず、彼は一生のうち話すことは稀でした。顎に問題があったために、あまり食べることもしなかったといいます。

④ カルロス2世は、フランス人女性と結婚した

マリー・ルイーズ

ハプスブルク家は『自らの高貴な青い血』を何より重じており、権力を維持しようと近交を繰り返しました。彼らの影響力は世界においても広範囲に及んでいたため、候補者はヨーロッパの王室のなかで見つけることが多かったのですが…. カルロスはハプスブルク家の出ではないマリールイーズドルレアンと結婚し、スペインでフランスの影響力への恐れを引き起こしました彼女と廷臣が『王冠継承』に対する陰謀を企てたこともあり、人々はマドリードの宮殿の外で暴動を起こしました

⑤ 最初の妻は、夫を獣のごとく嫌った

マリー・ルイーズ (カルロス2世の最初の妻 マリー・ルイーズ)

他の多くの王室の結婚と同様に、カルロス2世とマリールイズの結婚も愛からではなく、権力を獲得し維持するためのものでした。実際、彼女は彼の醜い姿に嫌悪感を抱いておりフランスの駐スペイン大使は彼女のことを気の毒におもってスペイン王は恐ろしいほど醜く、病気に見えると書いたほどでした。

⑥ スペイン王カルロスは、自分の結婚式に出席できなかった

カルロス2世

カルロス2世の容姿は、花嫁をとてつもなくうんざりさせるものでした。カルロス2世への影響は心身ともにひどくあらわれており、実際には自分の結婚式に出席することができませんでした。代わりに、マリールイーズのいとこであるルイ・アルマンが代役を務めました。これは代理結婚と呼ばれ、この習慣はたびたびヨーロッパの王室でもつかわれていました

⑦ 花嫁をうつ病にさせた?

マリー・ルイーズ

彼女の夫の変容は、マリー・ルイーズを怯えさせただけではありませんでした。彼の度重なる健康不良、特に彼の不妊症は、彼女に信じられないほどの精神的苦痛を引き起こしました。さらに悪いことに、スペインの宮廷では誰も王妃には触れることができませんでした。カルロス2世と結婚するためにフランスの家と家族を残してきたのに…. 花嫁は信じられないほどの孤立とうつ病を経験しました。

⑧ 早逝した妻マリー・ルイーズ

マリー・ルイーズ・ドレリアン

1689年のこと、乗馬に出かけたマリールイーズは胃の痛みを訴え、その夜、急に亡くなりました多くの人々は、カルロスの母マリアナによって毒殺されたと考えていました。しかし、現代の科学者は彼女が虫垂炎で亡くなった可能性があるとしています。しかし、カルロスの後見を狙った宮廷での陰謀もありましたので、最終的に彼の最初の妻を殺したものがなんだったのかはわかっていませんもしかしたらスペインをフランスに乗っ取られるのを防ぐためだったのかも

⑨ 肖像画はかなり美化されている

カルロス2世

カルロス2世には近親婚の特徴が顕著にでており、見た目にはかなり見るに耐えないものであった、という悲しい見解も残されています。彼の肖像画は、彼の『ハプスブルグ顎』を顕著にみせてくれていますが、彼の先天性障害の程度をあらわすものではありません。画家が肖像画を依頼されたときはいつでも、現実とはちがう『君主らしき美しさ』を描くことを求められ、肖像画は2割増、3割増….カルロス2世の場合は、もはや別人ともいえる加工具合だったといわれています。

⑩ 宮廷の乳児死亡率は異常だった

カルロス2世

ハリウッドは、ハプスブルク家についてかなりの数の映画を制作しました。映画では、ハプスブルク家の優雅な姿が描かれています。(ちなみにかの有名なマリー・アントワネットは、オーストリア・ハプスブルク家の出身、モーツァルトの映画『アマデウス』の舞台もハプスブルク家の宮廷) しかし現実はどうかというと、『近親交配により健康状態の悪さは、世界で最も酷かった』ともいわれており、実際にスペインの農民の乳児死亡率は約20%なのに比べハプスブルク王室の乳児死亡率は30%と異常に高いものでした。

あとがきにかえて

カルロス2世

確かにカルロス2世は、健康に大きな弊害を及ぼす、信じられないほどの近交係数を持っていました。しかし、彼の姉マルガリータは同じように濃い血をもちながらも、カルロス2世のような顕著な特徴はみられませんでした。(彼女にはハプスブルク家の顎がありましたが)。

カルロス2世(怖い絵画【青いドレスの王女マルガリータが背負った 宮廷人の宿命】)

マルガリータは同じ近交系の家族に生まれ、同じ境遇でありましたが知能に異常はみられませんでした。一時は『スペイン女王』として、擁立されることも考えられた彼女でしたが、弟『カルロス2世』が生まれたため、オーストリア・ハプスブルク家に嫁ぐこととなりました。(これもまた叔父姪結婚だったので、生まれた子供達は次々と早逝したが…)

しかし弟のような不運はなかったものの、宮廷にうまれたプリンセスは『世継ぎを残すこと』が使命とされましたので、マルガリータには女性としての辛さもあったのかもしれません。カルロス2世の姉については、こちら (【本当は怖い絵画】ラスメニーナスに描かれた王女、マルガリータ|血族結婚がもたらした悲劇) にまとめております。

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