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なぜフィンセント・ファン・ゴッホは、耳を切り落としたのか

2020/06/09
 
Vincent Willem van Gogh
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

1888年12月23日、芸術史上最も奇妙な出来事がおこりました偉大なオランダの芸術家フィンセント・ファン・ゴッホが自分の耳を切り落としたのです。この記事では、ゴッホの耳切り事件について迫っていきたいとおもいます。

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ヴィンセント・ファン・ゴッホ

貧困にあえぐ無名の画家

Vincent Willem van Gogh

彼は現代で最も偉大な画家の一人とみなされていますが、当時のゴッホは貧乏にあえぐ無名の画家でありました。フィンセント・ファン・ゴッホは1853年3月30日にオランダで生まれました。幼い頃から神経病などの精神的な問題を抱えていたゴッホは気難しく家族でさえ彼を疎ましく思っていました

Vincent Willem van Gogh

ゴッホはアートギャラリーで働き、しばらくロンドンに住んでいました。一時期献身的なキリスト教信者となり、ベルギーで牧師になったりと色々と人生を迂回をしますが、最終的に弟テオの助けもあり画家として歩み、1880年には芸術家を志すようになりました。ゴッホは画家としては主に独学で学んだため、これが彼のユニークで刺激的な画風の元となっているのかもしれません

 

ゴーギャンら、一流画家との出会いで作風が変化

Vincent Willem van Gogh

1885年にゴッホは、美術商として成功した弟テオと妻が暮らしていたパリに移りました。弟テオは献身的に兄を支え、またゴッホも彼を慕っていました。2人の間でおこなわれた文通は出版され、今でも広く読まれています。テオは芸術界に多くのコネがあり、多くの芸術家に彼を紹介しました。ゴッホが、ポール・ゴーギャンや、ジョルジュ・スーラといった一流の芸術家と知り合いになったのもこの頃です。

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彼らに触発されたゴッホは、自身のスタイルも変わり画家として成長し始めます。彼の初期の作品は、「ジャガイモを食べる人」 などの絵画に見られるように、目に見えて暗かったのですが、彼の絵は明るくなり、より多くの光を絵に使うようになりました

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ゴッホが愛した、フランス アルルの地

「黄色の家」でのゴーギャンとの暮らすが..

Vincent Willem van Gogh

1888年、ゴッホはテオの援助をうけ、南フランスのアルルに家を借りました。彼は芸術家として、アトリエを持つことを望んでおり、この家が大変気に入ったといいます。また彼の人気を誇る作品の多くはここで描かれており、ひまわりシリーズもここで制作されました。

(【心優しい魂と耳切り事件】ゴッホのひまわりを楽しむための10のこと)

またゴッホはアルルの田舎をとても愛し、その地を描いた素晴らしい作品も何点も残しています。印象派画家、ポール・ゴーギャンとルームシェアをしていたのもこのときです。馬があった2人でしたが彼は怒りっぽい性格で、とても横柄でした。彼らはすべてについて口論を始め、激しいけんかの後、ゴッホは彼の耳を切利落としてしまいます。

 

アルルで起きた、ゴッホの耳切り事件

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錯乱状態になった彼は耳の下部を切り取り、あろうことかゴッホはそれを夢中になっていた女性に差し出したのです。あらゆる研究にもかかわらず、なぜこのような自傷行為を行ったのかはわかっていません。ただ彼は精神的に相当に参っていたようで、耳を切り落とした後、彼は地元警察によって近くの病院に連れて行かれ、後にサン・レミーの精神病院に移されました

先週の日曜日、夜の11時半、オランダ出身のヴァンサン・ヴォーゴーグと称する画家が娼館1号に現れ、ラシェルという女を呼んで、「この品を大事に取っておいてくれ」と言って自分の耳を渡した。そして姿を消した。この行為――哀れな精神異常者の行為でしかあり得ない――の通報を受けた警察は翌朝この人物の家に行き、ほとんど生きている気配もなくベッドに横たわっている彼を発見した。この不幸な男は直ちに病院に収容された。 — 『ル・フォロム・レピュブリカン』1888年12月30日

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あとがきにかえて

Vincent Willem van Gogh

精神病院にはいったゴッホでしたが、幸運にもスタッフに恵まれ穏やかな時間を過ごすことができました。ここで出会った親切な男性医師のすすめで、ゴッホはたくさんの絵を描きました。信じがたいことですが、あの有名な「星月夜」などの偉大な作品はこの精神病院にいるときに描かれたのです。

Vincent Willem van Gogh

回復したゴッホは精神病院を出ると、パリの近くの小さな町に引っ越しましたしかしここでもまた絶望と孤独に苛まれ「何をやっても失敗した」と思い込み、ゴッホは1890年自ら命を断ちます。享年37歳、若すぎる死でありました。死後、彼の名声は高まり、彼は西洋芸術の最高の天才の一人として認められています。芸術史に偉大な爪痕をのこした天才ゴッホ、いまは彼が苦しみから解放され心穏やかにいることを願うばかりです。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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