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【ドガの絵画にみえる踊り子の光と闇】娼婦とパトロンの世界

2020/03/20
 
『舞台のバレエ稽古』(1874) メトロポリタン美術館
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

1834年パリに生まれたエドガー・ドガ彼の作品は踊り子を主題としたものが多く、ことに楽屋や練習風景、舞台袖と場所での、ふとした場面を描いたものが目立ちます。というわけで、この記事では、ドガが描いた「当時の風景」を、時代背景とともに読み解いていきたいとおもいます。

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画家 エドガー・ドガとは

画家 ドガとは(エドガー・ドガ Courtesy of the Musée d’Orsay, Paris.)

ドガは踊り子の油絵をかいたことで有名な、フランス人のアーティスト。また絵画だけでなく、いまでも動き出しそうな青銅の彫刻や版画を作ったことでも有名です。ドガは自然の景色というよりは、踊り子や入浴女性のヌード、また競走馬に見られるように”動き”の描写に長けた画家でした

『浴盤』(1886) オルセー美術館 "Le tub"(『浴盤』(1886) オルセー美術館【ドガが絵画にみえる踊り子の光と闇】娼婦とパトロンの世界

またまるでドアの隅から覗きみたような、リアリスティックな女性を描いた描写も有名で、一部では覗き魔ともいわれていたそうな..。肖像画では、人の心理的な複雑さと人間の孤立を切り取ったような描写が有名です。

 

「踊り子」に秘められた、黒い歴史

エドガー・ドガ バレエのレッスン( Classe de danse エドガー・ドガ バレエのレッスン )

晩年は繰り返しバレエの踊り子を描いたドガ。バレエの最新モードやファッション、踊り子たちの優雅で繊細な動き、練習の合間にみせる少女たちの屈託のない表情や会話。その中にドガは『パリの現代』をみていたといいます。実際にバレエをみているような臨場感を与える迫力、これこそがドガが構図によって生み出した力そこにはすべて「今」を生きる人の息遣いがこめられていました

 

ドガが好んだ「都会生活と、そこに暮らす人間たち」

『アイロンをかける2人の女』(1884) オルセー美術館 『アイロンをかける2人の女』(1884) オルセー美術館

ドガの作品は初期の作品は海辺の情景などでしたが、1870年代後半のモノタイプによる一連の作品では客と娼婦たちの姿が多く描かれています1880年代半ば以降のパステル作品では、そうした特定の逸話的な場面でなく、閉ざされた部屋で黙々と日々の身づくろいに精を出す女性の姿なども描かれています。

After the Bath, Woman Drying her Nape, pastel on paper, 1898(シャワーのあと 頸を乾かす女性After the Bath, Woman Drying her Nape, 898)

野外の風景を描いたものは、競馬場など人々の多く集まる場所に限られており、もっぱらドガの関心の対象は徹底して都会生活とその中の人間でした。これにはドガが普仏戦争に国民衛兵として従軍した際に寒さで目をやられたために俗に『まぶしがり症』といわれる網膜の病気を患っており、外に出ることがままならなかったことも関係しているとされています。殊にバレエの踊り子と浴女を題材にした作品が多く、彼女らの一瞬見せた何気ない動作を永遠化する素描力は秀逸です

 

絵画「エトワール、または舞台の踊り子」

『踊りの花形(エトワール、あるいは舞台の踊り子とも呼ばれる)』(1878年頃) オルセー美術館『踊りの花形(エトワール、あるいは舞台の踊り子とも呼ばれる)』(1878年頃) オルセー美術館

エトワールとは「スター」を意味するフランス語で、ここではプリマ・バレリーナをさします。首に巻いたリボンが軽やかに翻り、下からの強いライトに照らされたトウシューズ、脚、胸、首筋が人工的なライトに照らされ、顔や腕の一部の黒い影とのコントラストを生み出しています

光と影の変化をキャンバスに写し取ろうとしたモネのような典型的な印象派の画家たちと異なり、ドガは「現代の都会生活を描く古典的な画家」と自らを位置づけていましたのでこういった「人工的な美しさ」に惹かれたのかもしれません。事実「自然」を描くより「室内風景」を書いた絵が多いといわれています。

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高級娼館に身を落とした、オペラ座

『舞台のバレエ稽古』(1874) メトロポリタン美術館『舞台のバレエ稽古』(1874) メトロポリタン美術館

「クラシック・バレエ」は現代では、紛れも無い芸術のひとつに数えられています。また裕福な家庭の子供の習い事、といったイメージもあるでしょう。しかしこの時代の「バレエ・ダンサー」は少し違うのです。当時の劇場、とりわけオペラやバレエを上演するオペラ座が墜落していたことは、多くの同時代人が証言しています

『オペラ座のオーケストラ』(1870) オルセー美術館 『オペラ座のオーケストラ』(1870) オルセー美術館

観客が舞台にのみ集中する現代とは違い、社交場としての性格のほうが強かったそうです。というのも、舞台が見えにくい「桟敷席」が当時は人気を博しており、ナポレオン3世や、裕福な貴族や紳士が定期予約をし、カーテンを閉じればそこで何をしようと構わなかったといわれています。

 

上流階級の男たちのための娼館という側面も

エドガー・ドガ 踊り子の世界リハーサルをする踊り子 Rehearsal on Stage, 1874, Musée d’Orsay, Paris

当時の批評家は「オペラ座は上流階級の男たちのための娼館」という言葉を残しています。娼館となったオペラ座に常駐していた娼婦こそこの美しい彼女たち (踊り子)、もちろん突出した一部のバレリーナをのぞいて、踊り子が芸術家としてみられるのはもう少し後のこと…..

まともな女性であれば踝まであるスカートを履くのが当たり前だった時代ですから、脚をみせて踊る彼女たちは上流階級の男性からどう見られていたのか…。逆に「少しでもいい暮らしをしたい」という必死の彼女たちには、「まずは良いパトロンを見つけなくては」と思うのも自然なことだったのかもしれません。

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ココ・シャネルも苦労した、女性の自立への冷たい視線

セーラージャージとズボンを着たシャネル(1928年)(セーラージャージとズボンを着たシャネル(1928年))

働く女性は軽蔑されていた時代ですあのココシャネルでさえもナイトクラブからはじまり、お針子、パトロンの家に入り、事業を立ち上げるまでに様々な「冷たい視線を」を浴び続けたと語っていますから、女性の自立はとんでもなく「ありえない」ものだとされていたのでしょう。

お針子は「娼婦予備軍」、オペラ歌手は娼婦と紙一重と見なされていたそうです。この時代の女性はさぞ生きにくかったことでしょう。その中でも名をあげた女性は、まさに当時の希望ですね。

 

ドガが切り取ったのは、当時の生々しい日常風景

 『アブサン』 (1876) オルセー美術館『アブサン』 (1876) オルセー美術館

明け方でしょうか、安く酔える酒アブサンを前に疲れ果てた顔をした女性が描かれています。またドガは舞台より、楽屋での踊り子たちを好んで描いたといいます。その中にはシルクハットに蝶ネクタイ、黒ずくめの紳士たちが、踊り子と立ち話をするシーンなども含まれています。

エドガー・ドガ Ballet Rehearsal, 1873(バレエのリハーサルシーン Ballet Rehearsal, 1873)

ドガの描写は控えめですが、他の画家による絵にはかなり露骨に両者の関係が示されています。明らかに媚を売る踊り子の様子、まるで娼婦と値段交渉をしているかのような男たちの姿が山ほど描かれ、いかにそれが日常風景であったかが見えてくるようです。

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あとがきにかえて

Dancer with a Bouquet of FlowersDancer with a Bouquet of Flowers

ドガが描く踊り子たちはどれも個性がない、美しい曲線と、人工の光のコントラストとは裏腹に、「感情」というものが感じられない。れをゴーガンは「ドガの描いた踊り子は女ではなく、平衡を賜った奇妙な線である」と揶揄しています。競走馬や機種を描くのと同じで、彼の興味は、個人にではなく「動きや形態」に向かっていたのでしょう。

晩年のエドガー・ドガ(Self-portrait (photograph), c. 1895)

年月がたつにつれて、ドガは孤立していきました。しかし彼は「孤独」をなげき、筆まめだったこともあり、友人に手紙を送っていました。結婚はせず最後は盲目同然となり、パリの街をさまよった末、1917年9月にこの世を去ったドガ人々のリアルな日常を描き続けたドガ、その目に最後にうつったものは何だったのでしょうか。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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