ハプスブルク家スペインハプスブルク家のもう一つの秘密【宮廷人が好んだ小人症の慰み者】 スペインハプスブルク家には、血族結婚や植民地支配をはじめ様々な云われがあります。有名なのはその血の濃さ故に様々な弊害を背負い、王位を守るためだけに放浪させられたカルロス2世でしょう。しかしそれ以外にも、王家の闇は様々なところに潜んでいました。 その一つが、宮廷画家ベラスケスによって描かれた絵の中に隠れています。この記事では、宮廷に捧げられた小人症の者たち、「慰み者」の存在についてふれていきたいとおもいます。 2021.05.23ハプスブルク家
呪われた王室【あごと下唇にみえる禁断の歴史】世界に君臨したハプスブルク家と高貴な青い血 650年近く広大な土地を支配した王家。血が濃くなるほどその影響は顕著になり、スペインハプスブルク家の最後の皇帝となった『カルロス2世』は、幼少期には衣服を身につけた動物のようだったと言われています。この記事では『沈まぬ帝国と呼ばれたハプスブルク家になにが起きていたのか』その歴史を紐解いていきます。 2019.06.16呪われた王室
呪われた王室【近親交配と没落】スペインハプスブルク家のカルロス2世が背負った呪い 一族の高貴な青い血を重んじた結果近親交配をうみ、断絶したスペインハプスブルク家。最後に生まれたカルロス2世の謹慎係数は異常なものだったといいます。この記事ではそんな近親婚の影響を顕著にうけ「呪いの子と呼ばれたカルロス2世」についてみていきます。 2019.11.25呪われた王室
ハプスブルク家青いドレスの王女の誕生秘話【フェリペ4世と宮廷画家ベラスケス】 衰退に向かうスペイン・ハプスブルク家を象徴するかのように描かれた儚く美しい王女の姿。この記事では、この魅惑絵画の作成秘話にせまっていきたいと思います。 2020.07.24ハプスブルク家
呪われた王室【ハプスブルク家の闇】カルロス2世が背負うことになった咎と遺伝病 中世のスペイン王室は『高貴なる血統』と領地を維持しようと躍起になり、一族内での結婚を重ねました。 無理は祟り、そのツケは子供に回ってくることになります。この記事ではその禍(とが)が最も強くあらわれたといわれるカルロス2世にふれていきた... 2021.12.20呪われた王室
呪われた王室カルロス2世に纏わる10の奇妙な逸話【スペインハプスブルクの闇】 濃い血縁関係のなかで生まれたカルロス2世は重度の奇形に苦しみ、『呪いの子』と呼ばれていました。この記事では、スペインハプスブルク家最後の国王カルロス2世にまつわる10の逸話をご紹介します。 2020.05.17呪われた王室
フランスの歴史【本当は怖いサンタンジェロ城】監獄となりローマ劫掠の舞台となった惨劇の地 ローマ教皇を守る砦、あるいは牢獄のイメージの強いサンタンジェロ城ですが、ローマ市民の大量虐殺の舞台となるなど悲劇的な歴史を秘めています。まさに監獄といったこのフォルムで人々を惹きつけてやまないこのお城は、中世以降、ローマ教皇を守る城塞として... 2021.09.28フランスの歴史
ハプスブルク家【カルロス2世とスペイン宮廷】に纏わる奇妙な逸話5つ 身体的精神的にさまざまな症状にみまわれたカルロス2世は、病気と政情不安、そして2人の妻の死を経て、1700年38歳にて亡くなりました。一族に受け継がれた『濃すぎる血』は子孫の弱体化をまねき、結果スペイン王は子供を遺すことはできず、アンジュー... 2020.05.18ハプスブルク家
ハプスブルク家スペインハプスブルク家の子孫と血脈【近親結婚の果てにうまれた虚弱な子供たち】 わずか5代で断絶したスペインハプスブルク家の血統はどこで途絶えたのか。この記事では、スペインハプスブルク家に生まれた子供たちの血縁を追っていきたいとおもいます。 2019.09.28ハプスブルク家
フランスの歴史【ルイ15世の寵姫 ポンパドゥール夫人】ベッドから国政を牛耳ったしたたかな女性 美王と呼ばれたフランス王ルイ15世。その寵姫こそ、生まれ持った美貌と才覚でのし上がったポンパドゥール夫人です。実際に国政にも参加し実績も残した彼女、最期の言葉は「ではこのへんで」と潔く、美しくも潔くかっこいい女性でした。今日はルイ15世の愛... 2020.02.05フランスの歴史