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【メーガン妃の経歴】あまり知られていない女優時代の功績

2020/09/15
 
meghan fashion line
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

暴露本や王室離脱で世の中を騒がせ続けるメーガン妃。皇太子妃としてのふるまいに注目が集まっていますが、そもそも彼女は独立した働く女性でありました。この記事ではメーガン妃が自ら切り開き築いてきた輝かしいキャリアをご紹介していきます。

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女優への入り口

meghan fashion line

1981年8月4日に生まれメーガン妃は、カリフォルニア州ロサンゼルスで育ちました。ノースウェスタン大学在学中、彼女はテレビシリーズや映画で小さな役を演じるようになっていきます。2011年から2017年まで、彼女は法律ドラマシリーズ 『スーツ』 で最も有名なレイチェル・ゼーン役を演じました

率直なフェミニストとしてジェンダー不平等の問題に取り組み彼女のライフスタイルに関するウェブサイト 「ザ・ティグ」 では影響力のある女性についてのコラムを特集しています。2010年代の彼女の人道的活動は、国際的な慈善団体を代表するものでありました。彼女はまた、ファッションやスタイルでも高い評価を得ており、2016年にファッションラインを発表しています。

 

俳優トレバーとの離婚、ヘンリー王子との再婚

Trevor and Meghan were married for two years

2011年メーガン妃は俳優でプロデューサーのトレバー・エンゲルソンと結婚しますが、2年で離婚に至ります。2017年には、エリザベス2世の孫であるハリー王子との婚約を発表しロンドンへ移ります。

彼女は演技から身を引きソーシャルメディアのアカウントを閉鎖、英国王室のために公的な活動を開始しました。2018年5月19日ロイヤルウエディングが行われ、メーガンはサセックス公爵夫人として知られるようになります。彼女とヘンリーが王室を去った後は「ロイヤル」の称号がは没収され、メーガン妃の表記は現在「サセックス公爵夫人」で統一されています。

 

不仲が取り糺される家族問題

メーガン妃の母親 (ドリア)

2017年現在、彼女の母親でヨガインストラクターのドリア・ラグランドは、カリフォルニア州ビューパーク・ウィンザーヒルズに住んでいます。母娘の仲はとてもよく、メーガン妃はしばしば母との親しい友情について語ってきました。父親トーマス氏はメキシコのロザリトに住んでおり、テレビ写真および照明ディレクターをつとめていましたが、メーガン妃とは不仲でたびたび問題行動が取り上げられスポンサーリンク

 

意地悪な義理兄弟

メーガン妃の異母兄弟 (サマンサとトーマスJr)

メーガン妃には、トーマス・マークルとサマンサ・マークルの2人の異母兄妹がおりますが、伝えられるところによると2人とは疎遠であるとされています。というのも両親は彼女が6歳のときに離婚しており、母親の元で育ったメーガン妃は異母兄弟のことを殆ど知らなかったそうです。2015年に書かれたELLEへのエッセイで、メーガン妃は彼女のアイディンティティについてこう語っています。

父は白人で、母はアフリカ系アメリカ人です。私は半分黒で半分白…私の自己意識を取り囲むのはグレーな領域です。フェンスの両側に片足を置いたまま、私はそれを受け入れるようになりました。私が誰なのか、どこから来たのか、強くて自信のある混血の女性であることへの誇りを表明したいのです

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声を上げた少女時代

幼い頃のメーガン妃

メーガン妃ははハリウッドで育ちました。彼女は私立学校で教育を受け、2歳の時にハリウッド・リトル・レッド・スクールハウスで学び始めます。11歳の時、あるテレビコマーシャルが「男女差別」だとして企業に働きかけ、見事に成功させた彼女はニュースに取り上げられました。

メーガン妃はその後、ロサンゼルスにあるカトリック系の女子校へと進みプロテスタントとして育ちます。その後、ノースウェスタン大学に通い、カッパカッパガンマソロリティに参加し、コミュニティサービスやチャリティープロジェクトに参加しました。メーガン妃は2003年にノースウェスタン大学のコミュニケーション学部を卒業し、学士号を取得、演劇と国際学を専攻しました。アルゼンチンのブエノスアイレス駐在米大使館でインターンシップをした後、スペインのマドリードに1学期留学しています。

 

人種差別について

メーガン妃 (女優時代)

メーガン妃氏はフリーランスの書道家として働き、初期の仕事の合間に自活しました。彼女が初めて映画に出演したのは、昼ドラでの看護師としての小さな役でした。また、アメリカのゲームショーで「ブリーフケース・ガール」を務めるなど、いくつかの契約演技やモデルの仕事も引き受けました

彼女はフォックスの第2シーズンの最初の2話でジュニアエージェントのエイミー・ジェサップとしてフリンジ (2008年) にも出演しています。メーガン妃はキャリアの早い段階で、仕事を見つけるのに苦労したといい、2015年にはこう語っています

業界では”民族的にあいまいだ” 」と言われていたので、どんな役でもオーディションを受けることができました。私は黒人の役には十分な黒人ではなく、白人の役には十分な白人ではなかったので、私は仕事を予約できないカメレオン民族として、真ん中のどこかに取り残されていたのです

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事業に終止符を打つも、2年で王室を離脱

メーガン妃

2014年から2017年まで、メーガン妃はライフスタイル関連のウェブサイト「ティグ 」の創設者兼編集者を務めていました。メーガン妃のインスタグラムには190万人のフォロワーがいましたが、2018年1月には「これからは王室に貢献する」として自身のソーシャル・メディア・アカウントを削除しています。

イギリス王室 (メーガン妃とヘンリー王子の子供 アーチーくん)

ウエディングの翌年には長男のアーチーくんが生まれて順調にみえたのですが、2020年に2人はカナダに戻り、3月末日をもって正式に王室から離脱しました。結婚からわずか2年足らず、メーガン妃は682日間のプリンセスでした。

王室から距離をとり自由奔放に歩み続けるメーガン妃には冷たい視線が向けられていますが、元々自分の手で道を切り開いてきた彼女にとって、それほどまでに皇太子妃としての生活は窮屈なものだったのかもしれません。実家族に暴露本を出され、実父にもおおいに傷つけられてきた彼女ですから、どんな未来を歩むにしても、家族一緒に幸せを築いていって欲しいものです。

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参考文献

  • https://www.biography.com/royalty/meghan-markle
  • https://www.imdb.com/name/nm1620783/bio
  • https://www.thestar.com/life/fashion_style/2016/11/01/suits-star-meghan-markle-launches-accessible-clothing-line-at-reitmans.html

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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