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【家系図でみるカルロス2世】ハプスブルクの子が背負った障害

2020/08/09
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

スペインハプスブルク家を終焉に導いたカルロス2世病弱な身体で生まれた彼は最初こそ『奇跡の子』と呼ばれたものの、その風貌と知性の鈍さから呪われた子と呼ばれ恐れられていくようになります。叔父と姪の結婚から生まれた彼には、近親結婚の影響がつよくあらわれていました。家系図をさかのぼってみていくと、父フェリペ4世もまたハプスブルク家同士の結婚からうまれ、その父もまた……

異端や異教を排除して、『高貴な青い血』と呼ばれる純血を重んじ、同族での結婚が繰り替えられた果てにうまれたのがカルロス2世でした。この記事では孤独な王カルロス2世を家系図とともに追っていきます

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家系図でみる、カルロス2世

カルロス2世

カルロス2世がうまれたときマドリッドの新聞は彼のことを「容姿は最高に美しく頭は大きくしっかりし、髪は黒く肌はしっかりしている」と報道しました。しかし実際彼の身体はいつもブランケットで覆われており、王子の姿をみられる人は稀でした。生まれた王子は”虚弱体質”らしい”本当は女の子らしい”といった噂が国外にまで広がりとくにフランスのルイ14世はスペイン宮廷の状況に目を光らせていました。

prince

マドリッド宮殿にフランス大使がおとずれ王子の誕生を祝福しましたが、目的は『王子の様子』を確認するためでした。この大使の報告は「王子はとても虚弱で、頬には湿疹がでており、頭はかさぶたで覆われている右耳からは耳垂れがでており聴覚がすぐれないが、帽子で器用に覆われているので本当のところはわからない」というものでした。

 

9歳にて、スペイン王に即位するも….

カルロス2世

実際どうだったかというと、3歳になっても頭蓋骨が完全に塞がれることはなく、ひとりでは立てず、4歳になってもひとりでは歩くことはできませんでした。9歳でもまだ字がかけず、読むこともできないそんな状態なのですが、父フェリペ4世が亡くなったので周りは彼を半ばむりやり『カルロス2世』としてスペイン王に即位させました。摂政をつとめたのは母マリアナ

カルロス2世 家系図(参考:スペインハプスブルク家とは【誰でもわかる肖像画つき家系図 】)

しかし当然幼くまた知性的にも当時できない王のもとで、政治の大半は母の重用した信頼に足らぬ廷臣に委ねられ、ヨーロッパ列強にツケ入れられる隙を与えただけでした。

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エル・エリサード (魔法にかけられた王)

カルロス2世

元々近親結婚の影響もありスペインハプスブルク家の乳児死亡率は高かったのですが、それが末代になるとさらに表面化し、患ってばかりの王をまわりはエル・エチサードと呼びました日本語に訳すと『魔法にかけられた子』『呪われた子』という意味です。宮廷はカルロスをなんとか救おうと祈祷師や巫女が多く雇われ、カルロス自身も「自分はなにかに呪われている」としてお守りを身に付けていました。

カルロス2世の妻 (王妃の肖像画)

長くは生きられないといわれていたカルロスは周囲の予想に反して、成人し2度結婚。まるで人身御供のように捧げられたふたりの王妃は夫の様子をみて泣き出したといい彼らに子供ができることもありませんでした。マリーに至っては病的なまでに異常な夫の姿と愛のない結婚に蝕まれ、うつ病のような状態で亡くなっていきました。

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知っておきたい知識

カルロス2世

38歳で亡くなったカルロス2世、数多く肖像画が描かれましたが何倍も美化されていたといいます。次の王位継承者としてはフェリペ4世が唯一認知した庶子『ホセ・フェルディナンド』がいましたが9歳で亡くなっており、カルロス2世が使命したのは『アンジュー公フィリップ』でありました。

フェリペ5世

が残した遺言は周囲の同意を得て実現へと向かいアンジュー公フィリップがフェリペ5世として即位しました。スペインハプスブルク朝はこれにて終焉し、スペイン王家はここからブルボン家へとうつります。母が摂政として舵取りをし、頼りない廷臣が国政をすすめ身体は思うようにいかず苦しみ抜いた人生。この遺言こそが、国政に繁栄された最初で最後の決断だったのかもしれません

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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