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【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか

2020/06/21
 
Rembrant
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

オランダには比類すべき画家がいないとさえいわれたバロック期を代表する画家、レンブラント。彼は亡くなる最期まで「自分の肖像画」を描いていたといいます。この記事ではレンブラントが生涯にわたり自画像をかき続けた理由を探っていきたいとおもいます。

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レンブラントは、なぜこんなに自画像を描いたのか

理由① いかに表情豊かに人間を描くか、芸術へのあくなき探求

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか (1628年に描かれたとされる、レンブラント22歳の自画像)

レンブラントは比較的裕福な家庭に生まれ育ちました。学業にも秀でていた彼は父の推しもあり大学へ進みますが絵画とデッサンに夢中の青年時代をおくりました。みかねた父は大学を退学させ、絵の道に進むことを勧め、レンブラントはライデン市内の画家スワーネルビュルフの元へ弟子入りしました。

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか(『テュルプ博士の解剖学講義』 画:レンブラント 1632年)

3年の修行の間、レンブラントはデッサンや解剖学、遠近法を瞬く間に習得しました。人体の生々しさを目の当たりにする場面を描いたこちらの絵画はテュルプ博士の解剖講義』。驚くそれぞれのひとの表情と光の当たり方がレンブラントらしい一枚です。

「歴史画」に登場させる人々をいかに表情豊かなものにするか、絵に登場させる人物たちのデッサンの勉強としてレンブラントは、身の回りの人々、家族、とりわけ自分をモデルとして肖像画をたくさん描くようになりました。

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理由② 自分をモデルにすることが、いちばん手っ取り早かった

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか(帽子を被り眼を見開いたレンブラントの自画像、1630年 エッチング)

銅版画のエッチングで、素早く自分の顔をスケッチしたというレンブラント自分をモデルにすることは何の束縛もなく、自由でありどんな表情でも試せるのが魅力でした。笑った顔におどけた顔、すました顔にいばり顔、怒った顔や泣き顔にしかめっ面。

鏡の前でいろんな顔をつくってはデッサンにしてそれを銅版画にしたといいます。そんな研究を続けるうちにたちまち師匠をも追い越してしまった…それがのちに巨匠と呼ばれることになる天才レンブラントでした。

 

理由③ そしてその自画像が売れた

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか(レンブラントの自画像 1630年)

レンブラントは、エッチングであらたに人間の表情の研究をはじめました。とにもかくにも自画像を通して、自分の心理を表現することができるようになったのです。自信家であり野心家であり、天才の自負があったレンブラント。さらにその自画像が売れたものですから、レンブラントは自信をもって、自画像を多作するようになりました。

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自画像の効果は、こんなところに見て取れる

処女作と言われる『聖ステバノの殉教』

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか (『聖ステバノの殉教』1625年 画:レンブラント)

アムステルダムから戻った彼は実家にアトリエを構え、さっそく製作に乗り出し1625年には『聖ステバノの殉教] 』を完成させました。緻密で繊細な描写によって登場人物の人間的感情を表現することに全力をかけていたレンブラント。研究の成果もあってか、個人の感情が伝わってくるようにひとりひとりの表情が細かく描かれています

彼の物語画におけるテーマは

  • 人間の感情をいかに表現するか
  • 光と陰のコントラストによって物語をいかにドラマチックにするか

でした。彼は自画像を描くことによって、自分にできる表現を模索しつづけていたのです。

 

晩年と最後の自画像

【巨匠レンブラント】はなぜ、あんなに多くの自画像を描いたのか(レンブラント 晩年の自画像 1658年)

晩年は最愛の人を次々と失っていき孤独にさいなまれたレンブラント、これは晩年の傑作であり彼の自画像の中で、最も穏やかで最も壮大な作品と評される作品です。それでも彼は自画像を描きつづけたといいます。豪華な衣装を見にまとい、左手にステッキをもって、ゆったりこしかけ前を見つめています。孤独を噛み締めながら、それでも彼は笑みを浮かべました。

memoなぜこんなに愛する者たちが去っていくのか自身が醜く老いていくことも、ボロボロの服も気にならない。しかしどんなに苦しくとも破産し全財産を失おうと、私は大画家なのだ。これからも世に絵を残さなくてはならない(Rembrandt)

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あとがきにかえて

Rembrant

最期まで絵画へ人間らしさをこめることを極め続け、ときに理解されなくても信念を貫き『自分のスタイル』を確立させたレンブラント。それぞれの絵にこめられた感情に思いをはせてみるのも、また楽しみ方のひとつかもしれません。 そんな巨匠レンブラントの人生についてはこちら(【信念を貫き自己破産】巨匠レンブラントの光と影に潜むもの)にまとめております。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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