【ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情】世界で最も不潔な場所と言われた理由

フランスの歴史

ヴェルサイユ宮殿にはトイレがなかったと言われていますが、本当になかったのでしょうか。国王と廷臣の住居を兼ねていたヴェルサイユ宮殿ですから全くなかったというわけでもないのです。ルイ15世は上蓋式の便器を持っていましたし、ルイ16世にいたっては水洗式のトイレまで持っていたといいます。こちらの記事では、ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情にせまっていきます

ヴェルサイユ宮殿、おどろきのトイレ事情

ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情 (中世)

3,000人もの人が暮らしていたとされるヴェルサイユ宮殿ですが、274個の太鼓型の「穴のあいた椅子」があっただけだと言われています。近くに便器がないときは廷臣たちは庭の隅か、間に合わないときには廊下や部屋の隅で用を足していました。貴婦人たちさえ庭の隅で用を足すのが日常茶飯事で、皮肉なことにそのときにはあの大ぶりなドレスが役立ったそうです。

マリー・アントワネット(ファッション)

清潔好きな人はわざわざ陶磁器の携帯用便器を持参していました。しかし中身は従者が庭に捨てるため、ヴェルサイユ宮殿には悪臭が立ち込めていたそうです。

大使や外国人観光客からの多くの報告やクレームがあり、豪華絢爛な宮殿は世界で最も不潔な場所の一つとして知られるようになりました。これは深刻な問題となり、ルイ14世は毎週1回廊下を糞便(〜があれば) と汚れのために清浄にするという新しい規則を制定しました。また匂いをごまかすために、国王が愛したオレンジの木が宮殿内の花瓶に入れられたといいます。

賄賂をはらって固定トイレを賃借?

ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情 (中世)

ヴェルサイユでは毎晩のようにパーティが開かれていました。その間、招待客が廷臣たちに賄賂を渡して主人の部屋を使わせることも珍しくありませんでした。それが難しい場合、現在タンスが設置されている「コモ(と呼ばれる寝室用便器)」を使ったりもしていました。しかしネットフリックスのオリジナルドラマ『ベルサイユ』でも描かれたように、国王の愛人や身分の高い貴婦人でさえ場所が定まっていなかったのですから、トイレはもはやないことが慣習だったのでしょう。

ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情 (中世) (中世ヴェルサイユ宮殿で使われていたとされるトイレ)

ヴェルサイユに住んでいた廷臣たちは、しばしば彼ら自身の「コモ-ド」を持っていました。れはこの画像のように下に壺が入っており、必要なときに取り出して終えたら片付けるものでした。先ほど書いた274個のトイレとはこのことですが、それはやはり充分な数ではありませんでした。

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ヴェルサイユ宮殿の裏話

なぜルイ14世は、この地に豪華絢爛な宮殿を築いたのか

ベルサイユのあらすじ (NETFLIXドラマ)

ヴェルサイユという地は、元々誰からも見向きもされない辺鄙な寒村でありました。『回想録』の作者でもある公爵サン・シモンは、「どこにくらべてもいちばん殺伐として不毛な空間の広がり見晴らしも悪く、茂る樹木も水もなく、よいものは何一つない」とまで酷評したくらいです。なぜルイ14世がそんな場所へ宮殿を築こうとしたのでしょうか。

それはルーブルやサン・ジェルマンなど歴代の国王たちのようにルイ14世も自分自身の王城を持ちたがったことに加え、「フロンドの乱 (貴族たちの反乱)」で追われたパリを嫌悪していたことが起因しています。そして貴族たちを囲い込んで徹底的に服従させるためにパリとは別の場所に拠点を構えようとしたのでした。

世界一豪華、黄金の刑務所とも

ヴェルサイユ宮殿

そういった経緯もあり1671年、ひなびた協会や旅籠があっただけの寒村にルイ14世は新都市を建築することにしました。同年には特許状が発行され、ルイ14世は、ヴェルサイユに家を建築する廷臣には、

  • 無償で土地を提供し地租を免除する
  • 万が一の場合でも資産は差し押さえしない

など、特例を出したのでした。

宮廷生活ではことのほかお金にかかり、借金で首がまわらなくなる貴族が多かったのです。この勅令がうまくはたらき、それ以降名だたる貴族たちが次々のヴェルサイユ邸を建築するようになりました。

国王の温情を預かることが唯一の出世街道だったこの時代、多くの貴族がこの地に引き寄せられ、最終的に宮殿内に近衛兵が9,000人、廷臣だけでも3,000人が集まったのでした。元々ルイ14世が態度が大きくなった貴族たちを監視する目的もあったわけですから、ヴェルサイユ宮殿は「黄金の刑務所」と揶揄されることもありました。

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まとめ

ヴェルサイユ宮殿

太陽王とも呼ばれたルイ14は「不可能を可能」にし権力を誇示した国王でもありました。しかし不思議なことに見せるためだけにある『噴水』に最大の両力をかけ鉄のパイプを通して水を供給させることはしても、トイレを設置することには無頓着だったのです。

お風呂でさえ「湯につかることは身体を脆弱にさせる」といった教えがはびこり、衛生観念が現在とは真逆だったわけですから匂いさえなければさして重要なことではないと考えていたのかもしれません。実際にトイレを持っていたのは国王と王妃、そして皇太子だけで、トイレが設置されるのは中世去ってはるか先1768だったのでした。

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管理人

歴史オタクの英日翻訳者。

スペインの児童書「ベラスケスと十字の謎 」に魅了され、世界史に夢中に。読み漁った文献は国内外あわせて100書以上。史実をもとに、絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

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