【アン王女のスキャンダル 】 ボディーガードとの浮気疑惑とその後の経緯

イギリス王室

​ザ・クラウンのシーズン4がついに先日リリースされたわけですが、第4話ではエリザベス女王の4人の子どもたちとの葛藤が掘り下げられています。マーガレット・サッチャー首相の「お気に入り」の子どもマークが行方不明になったことを知った女王は、自分のお気に入りは誰なのか考え始めます。

それぞれを愛していることは大前提として、女王の気がかりのひとつは娘のアンでした。この記事では、第4話「お気に入り」で発覚したアン王女のスキャンダル「ボディガード」との浮気はどこまで本当だったのかを紐解いていきます。

この記事のポイント
  • アン王女がボディーガードのピーターと浮気していたのは本当だった
  • よく思わない王室の手回しにより、ピーターは異動を強いられることになった
  • ピーターは自身の記事を雑誌社に売り、二人の関係は終焉を迎えた
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衝撃の告白

アン王女のスキャンダル (ザクラウン)

​自分の運命を探ろうとエリザベス女王は4人の子ども全員を個別の1対1のランチに呼び、アン王女とも話しをします。王女は当時人気が急上昇していたダイアナ妃への嫉妬を認め、あまりマスコミに注目されていないことに動揺していることを伝えました。女王は、アンとマーク・フィリップスの結婚は問題ないかと優しく尋ねますが、わかったのはアン王女がボディガードのピーター・クロス巡査部長と不倫しているという話でした。

​うわさを考慮して、ボディーガードの任を解くことを女王は検討します。​そんな母にアンは動揺して「そんなことしないでほしい、彼は私を幸せにしてくれる唯一の人なの」 と訴えるのでした。さてこのアン王女とピーター・クロスの関係は、どこまでがフィクションだったのでしょうか。

​ピーター・クロス氏とは?

ピーター・クロスとアン王女(真ん中にうつるのがボディガードのピータークロス氏)

​ピーター・クロスは、1970年代にサウスロンドンのスコットランドヤードで働いていたボディガードです。​1979年には王室の警護役に任命され、アン王女の個人的なボディーガードとなりました。​彼は王女との関係について噂が流れるようになるわずか1年前から関係があったのではないかと言われています。

​噂は本当だった

アン王女と旦那まーくフィリップス (1973年 アン王女と旦那マーク・フィリップス)

ボディガードとアン王女の浮気は事実だと言われています。​これはザ・クラウンシリーズがリアルなイベントを描き続けている一例でもありますが、この回ではアンがピーター・クロスに電話をかけるときは、皮肉な仮名「ウォリス夫人 (エドワード8世から王冠を奪った女性の名前)」を使ったという興味深い詳細が抜けていました。

​スコットランドヤードは確かに、アンとクロスとの不倫の噂を聞きつけドラマが描いた通りに応じたといいます。​その後、ピーター氏は速やかに異動させられています。

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公けになったスキャンダル

ピーターが王室の護衛任務から外された後も、アン王女は交際を続けたそうです。

​ドキュメンタリーの中でアーノルドは、スキャンダルが公けになるまでになるまでその事件は続いたと説明しました。​実際に関係が終わったのは、不倫が公けになりスキャンダルが表沙汰になったときだといわれています。

関係の終焉

事件のニュースが流れた後、ピーター・クロスは一時身を隠しました​しかし2年後に彼はアーノルドに連絡し「その話が本当である」旨を伝えたそうです。​アーノルドにクロスは次のように語ったそうです。

あなたがその話を書いたとき、私はまだ結婚していて私はそれを認めることができませんでした。しかしそれは真実した。その後離婚し、いまはそれが真実であったことを話すことができます…

その後1984年、ピーター・クロス氏は自身の記事を日曜版の『ザ・サン』に対抗する『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』紙に売却したのでした。この結末はアン王女にとって芳しくないものだったのかもしれませんが、2人の関係は完全に幕を閉じたのでした。

アン王女の再婚とその後

アン王女とローレンス大佐

​アン王女とマーク・フィリップスの結婚はスキャンダルを切り抜けましたが、アン王女には別の浮世話が浮上します。相手は海軍将校のティモシー・ローレンス中佐でした。結局アンとマークは1992年に離婚し、離婚から約6カ月後の同年12月ローレンス大佐と再婚します。

違憲ではないものの、王族の離婚、再婚についてイングランド国教会は肯定的ではなく、2度目の結婚式は再婚に鷹揚なスコットランドの教会で質素に行われました。アン王女は40代、ローレンスとの間に子供は生まれることはありませんでした。離婚問題は兄のチャールズや義妹のヨーク公爵夫人セーラ(アンドルー王子の妻) の不倫疑惑とともに、イギリスのみならず世界中で連日連夜報道されました。

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まとめ

アン王女 (ザ・クラウン)

その年に別れたのはアン王女だけではありませんでした。

チャールズ皇太子、そしてアンドリュー王子が離婚したのも同年の話です。激しい王室バッシングに明け暮れた1992年は、「今年はひどい年だった」とエリザベス2世が総括する程でありました。

エリザベス女王の妹マーガレット王女をはじめ、イギリス王室では何度か離婚が繰り返されているわけですが、いくら王室の人間であっても簡単に運命の相手に巡り会えるわけがないのでしょう。何人もの相手を吟味して、それでやっぱりこの人だと確信する。6人も妃を取っ替え引っ替えしたヘンリー8世の離婚から何百年と離婚は許されなかったイギリス王室ですが、少しだけ自由さがみえるようになったのもこの時代の特徴かもしれません。

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管理人

歴史オタクの英日翻訳者。

スペインの児童書「ベラスケスと十字の謎 」に魅了され、世界史に夢中に。読み漁った文献は国内外あわせて100書以上。史実をもとに、絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

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