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【マーガレット王女】晩年まで自分のスタンスを貫いた強き女性

2020/09/15
 
マーガレット王女 (若い頃)
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

エリザベス女王の妹として知られる、イギリスのマーガレット王女エリザベス女王が「彼女は生まれつきの女王気質だ、妹の方が女王には向いている」と口にするほど、社交上手で革新的な女性でありました。

しかしその生涯は女王の影にかくれときに目立つことは許されず、愛する人との結婚を諦めるなど苦悩に満ちたものでもありました。この記事では、美しくハツラツでときに恋に身をゆだねたマーガレット王女の晩年をおっていきます

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マーガレット王女とは

マーガレット王女 (若い頃)

マーガレット・ローズ王女は、1930年8月21日、スコットランドのグラミス城で、ヨーク公とヨーク公爵夫人の二として生まれました姉は現在のイギリス女王、エリザベス2世。伯父であり国王だったエドワード8世が、アメリカ人のウォリス・シンプソンと結婚するために急遽退位することになり、1937年に彼女の父親が、『国王ジョージ6世』として即位しました。

第二次世界対戦が終わると、マーガレット王女は頻繁に世間の注目を浴びるようになります。彼女は女王となった姉エリザベスとは対照的であり、夜遅くまで社交を楽しむ魅惑的な美女として評判となりました

 

タウンゼント大佐との、スキャンダラスなロマンス

マーガレット王女とタウンゼント大佐

マーガレット王女が恋に落ちたのは、『空の英雄』であり王室の侍従でもあったピーター・タウンゼント大佐でした。彼との不倫関係は秘されていましたが、1953年にエリザベスが女王として即位した時に、2人の秘密の関係がマスコミによって暴露されます。その後タウンゼント大佐は妻と離婚。マーガレット王女は大佐との結婚を強く望んでいましたが、教会と王室は2人の結婚を認めませんでした

 

しきたりを守る女王、リベラルを愛すマーガレット王女

エリザベス女王の若い頃 (20代に入った頃のエリザベス王女とマーガレット王女)

最初から2人の関係を知っていたエリザベス女王は、妹の恋を応援していたとされていますが、”離婚経験がある年配男性との結婚”は許されないと周囲に説得されやむなく断念。「結婚するのであれば縁を切らなければならないとの通告に、マーガレット王女はついにおれて、1955年10月にタウンゼント大佐とは結婚しない旨を公式に発表しました。イギリス王室のしきたりを守る姉エリザベス女王と、独立心がつよくリベラルを愛したマーガレット王女、ふたりの間には確執がうまれていったのでした。

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写真家アンソニーとの結婚

マーガレット王女と子供達

1960年タウンゼント大佐が突如19歳の女性と婚約したことを知ったマーガレット王女は、見せつけるかのように写真家のアンソニーと結婚します。芸術家でもありファッション業界に身をおく夫は、複数の人と関係を持ったり薬に手を出したり私生活は荒んでおり、夫婦関係は早くに破綻していたといいます。それでもマーガレット王女は、2人の子供デヴィッドと、レディー・サラを授かり母となりました。

 

イギリス王室で400年ぶりとなる離婚

マーガレット王女

1960年後半には、マーガレットとアンソニー (スノードン伯爵) との不仲説が大きく取り上げられるようになります。2人は結婚したままでしたが、マーガレットは若い造園家ロディ・ルウェリンとの関係を築き、1976年の初めに休暇中に2人は写真にとられ関係は一般に知られることとなりました。

1993年に肺炎にかかり、公の場に姿を見せないことに不満を募らせていたマスコミは、この事件に飛びつきました。マーガレット氏とスノードン卿は、スキャンダルが大きく報道された直後に離別し、1978年5月にイギリス王室夫妻としては400年ぶりの離婚を果たしました。

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晩年のマーガレット王女

チャリティーと栄誉

晩年のマーガレット王女

贅沢な暮らしぶりが最も注目を集めましたが、マーガレット王女は80以上の慈善団体や組織にかかわっていましたその中で、彼女は全米児童虐待防止協会の会長とロイヤルバレエの会長を務めています。

さらにマーガレットは、第15・19国王の王室のフセインを含むいくつかの部隊の司令官に任命され、1953年にはビクトリア女王大十字勲章、3年後にはエルサレム聖ヨハネ勲章を受章し、1990年にはビクトリア女王勲章を受章しています。

 

ダイアナ妃との関係

マーガレット王女とダイアナ妃

イギリス王室で疎外感を感じていたダイアナ妃が唯一心を許したのがマーガレット王女だと言われていますが、晩年はふたりの間に徹底的な亀裂がはいっていたといいます。ダイアナ妃をウィンザー家に公に歓迎した最初の王室の1人であるマーガレット氏は、ダイアナ妃を「王室にとって許し難い裏切り行為」だとうったえました。

もしダイアナが真実だと主張していたとしても、予告なしに感情を世界に向けて流すことは、驚くべき裏切り行為だと主張したのです。元々意思のはっきりしたマーガレット王女は晩年になっても容赦なく、彼女はダイアナの顔が表紙に載った雑誌さえ近くにおくことを拒んだといいます。

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健康上の問題と死

マーガレット王女とダイアナ妃
マーガレット王女は父親と同じようにヘビースモーカーであり、1985年の初めに左肺の一部を切除する手術を受けました。晩年はタブロイド紙がダイアナ妃に注目するようになったため、比較的穏やかな私生活を送ることができました。彼女は後年増え続ける健康問題に対処し、度重なる脳卒中にも耐えました。しかし三度目の発作の後、王女は2002年2月9日にロンドンで亡くなりました。

マーガレット王女 (若い頃と晩年)

十数年後、マーガレット王女は、エリザベス2世女王時代の英国王室を描いた人気ドラマ、『ザ・クラウン』で再び脚光を浴びることとなります。姉エリザベス女王より大分早く、享年71歳。歴史に名を刻み続けた生涯でありました。

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参考文献

  • https://www.express.co.uk/news/uk/390304/Later-years-Margaret-Thatcher-s-battle-with-ill-health-and-losing-her-beloved-Denis
  • http://dianalegacy.com/princess-margaret-title-was-the-queens-sister-the-princess-royal/
  • https://www.news.com.au/entertainment/celebrity-life/royals/princess-diana-and-princess-margarets-secret-royal-feud/news-story/5596c97f62b35cc47e87ddab969e51e0
  • https://www.biography.com/royalty/princess-margaret
  • https://www.theguardian.com/politics/2013/apr/08/margaret-thatcher-final-years

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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