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【マリー・アントワネットの最後】赤字夫人と呼ばれた王妃の生涯 (誕生編)

2020/09/05
 
【逝くならフランス王妃として】マリー・アントワネットの悲喜劇的な生涯
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

名門スペインハプスブルク家の末娘マリー・アントワネット。運が良いのが悪いのか、いつのまにかフランス王のお妃に。ヴェルサイユ宮殿で贅沢な生活もつかの間、市民や貴族の反感をかいフランス革命に巻き込まれ最後は処刑されるというなんとも激しい人生

母国に亡命する選択肢もありましたが「自分はフランス王妃ですから」運命を受け止め夫と同じくギロチンで首を落とされた誇り高き王妃様。この記事では最も美しい悲劇と呼ばれたマリー・アントワネットの生涯を誕生、輿入れ、処刑の三編にわけて紐解いていきます

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マリーアントワネットは、なぜフランスへ嫁ぐことになったのか

幸せの大公女、女帝マリア・テレジアの末娘

マリー・アントワネットの最後

オーストリアの国母と慕われた女帝マリア・テレジアは、1755年オーストリア首都ウィーンで可愛らしい女の子を出産しました。彼女は16人の子供を産みましたが、その末娘こそマリー・アントワネットです。

マリー・アントワネットの最後 雪のように白く、真珠のように輝きのある肌に豊かな頰。これは私のお母様に似たのね。この子にとってきっと宝物になるわ。長い顎と突き出した下唇はハプスブルク家からの贈り物物事に不満を持たず、いつも微笑んでいる子に育てましょう。そうすれば下唇が目立たずにすむわね (画像:マリア・テレジアと子供達)

ときにマリア・テレジア38。わずか23歳で広大な領土をもつハプスブルク家の当主となり、父が死んだ時は何もわからなかった彼女ですが、逆境のなか苦難を背負い努力と信念によって、有能な政治家への道を切り開いてきました (参考:【オーストリアの国母】史上唯一の女帝、マリア・テレジア)

 

無邪気な子供時代、マリーアントワネットとモーツアルト

マリー・アントワネットの最後

マリー・アントワネットは、音楽家モーツアルトと宮廷で遊んだこともあったそうです。1762年晩秋オーストリアのザルツ・ブルクに降り立ち、離宮シェーンブルンへ訪れたモーツァルトは、臆することなく自作のメヌエットを披露したり、目隠しでピアノを演奏するなど、圧倒的な神童ぶりをみせたといいます。

マリー・アントワネットの最後

庭で遊んでいたときに滑って転んだモーツアルトに手を差し出したマリー・アントワネット。それをみたモーツアルトが「やさしいね、ありがとう。ぼくのお嫁さんにしてあげる」とプロポーズをしたという、微笑ましいエピソードも残っています。もちろんそんな将来はありませんでした、だって彼女はのちフランス王妃になる運命なのですから。

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全ての始まりは仏蘭露の女帝3人による、ペチコート作戦

ペチコート作戦を図解 (マリー・アントワネットの最後)

オーストリアフランス300もの間敵対していたのですが、イギリスとプロセインが手を組んだことで形成は一気にかわります。プロセイン王国のフリードリッヒ2(女嫌い) は、自国を強国に押し上げた英雄でもありました。「敵の敵は味方」という歴史のことわりに従い、仏蘭露の女帝3人によるプロセイン包囲網 (ペチコート作戦)」がつくられることになったのです。

そしてこの付帯条件に、フランス王家とオーストリア公家の縁組が含まれていたのです。今まで争いはありましたけれども、これからは仲良くやっていきましょうという平和の証に婚姻を結ぶことを約束したのでした。(参考記事:【ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人】美貌と知性で愛人から国政へ)

 

フランス王家と、オーストリア公家の友好の証として

マリー・アントワネットの最後

婚姻にさいしてフランス側から提示されたのは国王の孫である、ルイ・オーギュスト (1754年誕生)でした。そこで母帝マリア・テレジアがオーストリア側からの花嫁候補としたのが (1755年に誕生した) マリー・アントワネット彼女の運命は1歳にも満たない時点で

  • 14歳になったらフランスへいき
  • マリー・アントワネットと呼ばれて、人生を全うすること (オーストリア読みだとマリア・アントニア)

と、ほぼ決められていたのでした。

 

甘えん坊で自由奔放な、マリー・アントワネット

マリー・アントワネットの最後

しかしそんなことは知らぬとばかりに、幼いマリーは自由奔放に、のびのび育っていきます養育係をごまかして宿題をやらず、他人を意のままに動かすお姫様っぷり

生涯1冊の本も読み通したことがない、といわれる彼女ですが、筆記は苦手で、父に似たのか訛りの強いドイツ語をつかっていました。さらに「私はフランスでなくてもドイツ語が話せるところなら、どこでもいいわ。楽しく過ごせればどこでもいいの」というなんとも能天気な発想。

 

なんといっても、15番目の子供

マリー・アントワネットの最後 フランス王妃の覚悟

気が散りやすいのは能力の問題ではなく、環境にあるのではといわれています。姉が次々と繰り出す遊びに気を取られ、命令に従わされあっちへこっちへいくのはっ子の宿命でしょうか…..環境の力は大きく、集中力がかけやすく勉強の成果がでない。これ幸いといいますか唯一得意だったのはフランス史だったといいます。

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母の不安、マリーに王妃がつとまるのか

マリー・アントワネットの最後 フランス王妃の覚悟

そんな伸び伸びしたマリーをみて母マリア・テレジアは頭を悩ませていました

「なぜフランスがわざわざオーストリアから嫁をもらうのですか。300年も敵国ですし、色々恨みもありますのに」、とフランス王太子妃であるマリー・ジョセフは、この婚姻に大反対。さらにいままでマリア・テレジアが婚姻の話しをしてきたポンパドゥール夫人過労で亡くなりさあ困ったことに…

マリー・アントワネットの最後 (ルイ16世)

この時点でルイ・オーギュス(のちのルイ16世)は、王位継承権2位でしたつまり次のフランス王候補です、フランス側が花嫁選びに慎重になるのも、最もだったのかもしれません。

 

とはいえ、フランス王妃までは予期していなかった

マリー・アントワネットの最後

一時はどうなるかと思われた婚姻ですが、ついに1769年フランスから、婚約申し込みが届きました。母マリア・テレジア「娘が王家に嫁ぐ」ことは画策はしていましたが、娘がフランス王太子妃になることは想像していませんでした。

あれこれ外交した彼女の努力で婚姻は確実なものになりましたが、「この子に果たして王妃がつとまるのか、国を支える力があるのか」マリア・テレジア母として不安になりますが、もうここまできたら戻ることはできない準備は着々と進んでいったのでした。

 

母マリア・テレジアから娘への忠告

マリー・アントワネットの最後 フランス王妃の覚悟 

婚約が決まるまでに時間を要し、色々な不安もありましたが、結果として婚約は順調に進み、母マリア・テレジアは安堵したといいます。そして今後の懸念にそなえ娘アントワネットを寝室に呼んで、

  • この結婚がヨーロッパの安定上、いかに大切か
  • つい最近まで敵国だったということを忘れず、
  • 宮廷内にいる「反ハプスブルク勢力」を刺激してはならないこと

反感をかわないよう慎ましく生きていくことがいかに大切か、を懇懇と説きました。輿入れ前も、フランス宮廷へはいったあとも手紙のやりとりにて、母はずっと娘へ「立ち位置をわきまえ、しっかりするのですよ」と言い続けたといいます。

そしてフランスへ嫁いだマリー・アントワネット、話しは輿入れ編へとつづきます。

この記事を書いている人 - WRITER -
バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

Comment

  1. ぼにぼに より:

    私もヨーロッパの歴史が好きで、小説を読み漁りました。
    各々の家系を交え簡潔に纏められていて非常に解り易かったです。
    世界史に載せて頂きたい位です。
    私もマリーアントワネットの生涯から世界史に興味を持ち、ブログ様の仰る事に至極同意致します。
    末っ子でなかったら。
    もう少し年齢を重ねていたら。
    16世が女性の尻に敷かれなかったら。

    お二方共、ごく普通の貴族なりであったら幸せな人生だったのではないかな。と考えてしまいます。

    • Naa より:

      ものすごく嬉しいコメント、ありがとうございます。
      ヨーロッパの歴史はハマり始めると、本当に面白いですよね、とてもお気持ちわかります。
      「お二方共、ごく普通の貴族なりであったら幸せな人生だったのではないかな」本当にその通りだとおもいます。
      もし生まれ変わりがあるのなら、今度は普通の人生を満喫していたらいいなあ、と思います : )

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