今宵、闇に消えた恐怖の物語をあなたへ

フランスを窮地から救ったジャンヌが、火炙りにされた理由

2020/11/08
 
ジャンヌ・ダルク
この記事を書いている人 - WRITER -
謎の女性。歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

火刑に処されたジャンヌ・ダルクはたしてジャンヌは本当に異端であったのか、それとも敬虔なキリスト教であったのかこの記事ではなぜフランスを窮地から救ったジャンヌ・ダルクが異端者とされ、火炙りにされたのかをおっていきます。

スポンサーリンク

ジャンヌ・ダルクは異端か、聖者か

ジャンヌ・ダルク

フランスに勝利をもたらした少女ジャンヌ・ダルクジャンヌに対する異端者審問は、イングランド側の主導のもとおこなわれました。また裁判自体もイングランド側の政治的思惑のもと、『異端者は死刑』という前提のもとで進められていたのです。ジャンヌが処刑されて20年後、フランス王シャルル7世のもと裁判の見直しがおこなわれ、ジャンヌにかかわった多くの人々の証言が集められました

 

火刑から20年後、異端とされた裁判がくつがえる

ジャンヌ・ダルク

証言した人のなかには、生まれ故郷やオルレアンの住人、オルレアン開放戦でジャンヌとともに戦った兵士たち、ルアンで異端審問に参加していた判事もいました。判事のひとりはあの裁判と処刑は、彼女に対しての憎悪と恨みからきたものであり、ジャンヌの死をのぞむがばかりの結果だった」と告白こういった証言の検証の結果、1456年ジャンヌ・ダルクへの判決は無効であるとして、うやく彼女の名誉が回復したのです。

 

ジャンヌ・ダルクは本当に『神の声』を聞いたのか

ジャンヌ・ダルク

20世紀にはいりジャンヌは列聖され『聖人』となっています『ジャンヌの異端審問の無効手続き』が厄介で『列聖』までに時間がかかった背景には、単純にジャンヌの信仰の問題だけでなく、政治的無問題も絡み合っていた事情もありました。

ジャンヌ・ダルク

それを含めても、ジャンヌ・ダルクは不当な裁判で『異端者』とされた悲劇の少女とされるのも無理はないでしょう。なぜそんなにも異端とされたかというと、ジャンヌが聞いたという『神の声』でした。その声は本当に啓示だったのか、『声の主』は本当に聖人だったのか。否、彼女の主張を聖職者たちが認めることはありませんでした。ジャンヌの主張はすべて虚偽であり、聖職者に対する冒涜であると受け取られたのです。

スポンサーリンク

なぜジャンヌは『異端』とされたのか

ローマ教皇

フランスはカトリック国であり、とくに当時は教会への服従がとても重要視された時代でありました。教会とは、『教皇』を頂点とするローマ・カトリック教会組織のことで、教会に対して反抗したり、わざと離脱するようなことは異端の基準とされていました。

ジャンヌ・ダルク

しかしジャンヌは「聖なる父教皇に従う意思はある、けれど聖職者は別であり、何よりいちばん従うのは神の声である」という姿勢を崩さなかったのです。裁判をおこなう聖職者たちはいわば『教皇の代理』でありますから、彼女の主張は彼らにとって受け入れがたいものでした。また聖職者に従わないことは教皇へ従わないことと同意であり、その観点ではジャンヌが異端とされるのも不思議ではありませんでした

 

フランスの英雄、ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクの印象といえば、フランスを危機から救ったヒロインであり悲劇の少女といったところでしょう。たしかに当時『神の声』をきいたという少女が、危機に陥ったオルレアンに現れたことは、フランスだけでなくイタリアやドイツでも話題になるほどでした。

彼女の功績も、兵士たちへの士気を高めるという意味でも大きかったわけですが、前提としてフランス軍は兵数や戦術の面で有利な状況であったことも示されています。そういった意味で『英雄ジャンヌ・ダルク』のイメージは、近代以降に徐々に形作られていったものだという説もあります。

 

ナポレオンが回帰させたジャンヌの名声

ジャンヌ・ダルク

『ジャンヌ・ダルク』のヒロイン像を回帰させたのは、フランス革命を終わりに導き『人民の皇帝』として帝位についた英雄ナポレオン・ボナパルトでした。ナポレオン率いるフランス軍がヨーロッパ領土に攻め込み、イギリスとの戦争が間近にせまったときに彼が担ぎ出したのが『ジャンヌ・ダルク』でした。自分と同じフランスを救う英雄であり救世主として『自らの行動の正統性』を国民へアピールしたのです。

ナポレオンは肖像画や、饒舌さを用いて自らの威厳さを作り上げたことでも有名ですから、ジャンヌについての解釈や逸話はここでも大きく婉曲させられたり、妙に神聖化されている可能性もあります

スポンサーリンク

知っておきたい知識

ジャンヌ・ダルク

はじめから鮮烈な印象をはなったジャンヌでしたが、時がたつうちに彼女の姿は『国のためにイングランド軍と戦ったヒロイン』として愛国心が見出され、『フランス国民』としてのナショナリズムの高まりに結びついていったと考えられています。ジャンヌ・ダルクの絵画や彫像が多くつくられフランス各地におかれるようになったのも、そういったナショナリズムの象徴としてでした。

ジャンヌ・ダルク

実際のところ神聖化された『ジャンヌ・ダルク像』のほうが浸透しており、実像とはかけ離れている場合も多いといわれています。マザー・テレサも啓示をうけた(神の声をきいた)といわれていますが、異端かどうかではなく問題は「何をしたか」であり、ジャンヌも「フランスを危機から救った」ことには変わりないわけです。政治的背景から「彼女の存在」は危険だとしてこの世から消されたのだとしたら、敵軍がフランスを弱体化させるために付け込んだとしたら、多数派の意見はとても怖いものですね。

関連記事

参考記事

  • https://www.history.com/news/joan-arc-burned-stake
  • https://www.history.com/topics/middle-ages/saint-joan-of-arc
  • https://fr.wikipedia.org/wiki/Jeanne_d%27Arc
  • https://en.wikipedia.org/wiki/Joan_of_Arc

スポンサーリンク

この記事を書いている人 - WRITER -
謎の女性。歴史の中の人物像を徹底的に知りたがる世界史オタク。絵画や芸術品の背景にある人間ドラマを炙り出します。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 本当は怖い世界史 (歴史に隠された怖い物語) , 2020 All Rights Reserved.