イギリス王室に潰された【マーガレット王女とタウンゼント大佐の恋物語】

魅惑のイギリス王室
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禁じられた愛はいつだってドラマを盛り上げるものですが、ザ・クラウンで描かれたマーガレット王女とタウンゼント大佐の恋に関する描写はどこまで正確だったのでしょうか。この記事では、イギリス王室によって徹底的に潰されたふたりの恋物語をご紹介していきます。

この記事のポイント
  • 王女の恋の相手は、父帝ジョージ6世の廷臣タウンゼント大佐
  • タウンゼント大佐は妻と離婚を決め、22歳のプリンセスにプロポーズするが王室は反対
  • 女王に即位したばかりの姉の状況も相まって、ふたりの関係は認められず別れるに至った
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秘密の恋

姉エリザベスだけが知っていたふたりの関係でしたが、周知の事実となるのは1953年の女王の戴冠式でのジャーナリストの勘付きがきっかけでした。

ジャーナリストは、マーガレット王女が故父ジョージ6世の厩舎長であるイギリス空軍大佐のピータータウンゼントの制服から綿毛をとるのを見て、二人の関係に気がついたのです。やがて証拠を掴んだメディアは、ふたりの恋を元英国王エドワード8世退位以来、最大の王室スキャンダルとして世界中へ報道しました。

姉が女王となり

その時すでに、ふたりの仲は親密になっていました。マーガレットの父親であり大佐が支えていたジョージ6世が戦後に休止し、若い姉が戸惑いながら女王に即位したばかり頃です。

周囲がどんどん忙しくなくなり、自らの立場も変わっていく中で、マーガレット王女は悲しみに打ちひしがれ孤独になっていきました。そんなときタウンゼント大佐が、母方の家の会計監査役に任命され2人の仲はさらに深まっていったのです。

離婚とプロポーズ

1953年までにタウンゼント大佐は妻と離婚を決め、22歳のプリンセスにプロポーズしました。マーガレットは嬉々として姉エリザベスに報告しますが、事はそれほど単純ではありませんでした。1772年の王立結婚法の下では、25歳未満の場合、結婚するには君主の同意が必要だったのです。

さらに離婚経験のある大佐と王族の結婚は容易なものではなく、即位したてのエリザベスにとって、とくに彼女の廷臣たちにとってこれは大事でした。そのため、姉エリザベスはことを荒立てないよう後回しにしつつ、妹に少し待つよう頼んだのです。

大佐の左遷

離婚した人と王室の人が結婚できるのだろうか、エリザベスは内閣と相談しながらも悩みました英国国教会は断固として反対を唱えました。それだけでなく、英国内閣もこの結婚の承認を拒否すると述べたのです。当時の首相ウィンストン・チャーチルは、少なくともマーガレットが25歳になって、女王の同意なしに結婚できるようになるまで、タウンゼントを遠くブリュッセルに異動させることを提案しました。

しかし、たとえ25歳になって結婚が承認されたとしても、マーガレットは王位継承権と王室からの収入を一切放棄しなければならないという条件がついていました。

破局

マーガレット王女の叔父は、王冠をかけた恋で知られ愛する女性ウォリスのために、英国王の座を捨てたエドワード8世ですこのたびマーガレットの前にも叔父のように、愛か立場かを選択しなければならない場面に直面しました。マーガレットが不安を抱えながら待ち続けた2年後、ついに彼女は声明を発表するに至ります。

私はピーター・タウンゼント大佐と結婚しないことを決めました王室の相続権を放棄すれば、普通の結婚ができることは知っています。しかしキリスト教の結婚は不滅であるという教会の教えを心に留め、連邦に対する私の義務を重んじて、私はこれらを何より優先する決意をしました。私は一人でこの決断を下しましたが、グループキャプテンと呼ばれたタウンゼン大佐のたゆまぬ支持と献身に支えられていました

王女のその後

その後マーガレット王女は、写真家のアンソニー・アームストロング=ジョーンズ (後のスノードン伯爵) と結婚しました。そして2人は、リンレー子爵とサラ・チャット夫人という2人の子供に恵まれました。

しかし元々アンソニーには派手な遊び癖があり、浮き沈みの激しいマーガレットとの結婚生活もうまくはいきませんでした。お互いに不満を募らせた2人は結局離婚に至り、1978年に離婚が成立しました。イギリス王室としては国中を巻き込んで離婚裁判を起こしたヘンリー8世以来の離婚でした。

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あとがきにかえて

実はマーガレット王女より先に結婚したのは、タウンゼント大佐の方でした。左遷されたベルギーでの滞在中、彼は現地に住んでいた20歳のマリー=ルース・ジャマーニュに出会っていました。そして1959年彼女と結婚したことをマーガレットに手紙で告げることになります。

アンソニー自身は地位もなくほぼ無名の写真家であり、半ば王女を利用する形で結婚に至りました。彼の出自や行動範囲を調べた王室側はかなり懸念していましたが、大佐の結婚を知って衝動的になり、また2度と他人に邪魔をされたくないというマーガレット王女の強い決意で結婚は遂行されたのでした。王室のしきたりを守りなさいとダイアナ妃を責め立てたマーガレット王女。それは自身想いを捨てて王室に尽くしてきたプライド、自分にはできなかった悔しさがあったからなのかもしれません。

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