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【ロンドン塔に現れる女王の幽霊】とワタリガラスの逸話

2019/11/28
 
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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

 

ロンドン塔は、イギリスの首都のロンドンを流れるテムズ川岸、イースト・エンドに築かれた中世の城塞であり、ときに王宮、そして数々の高貴な人を閉じ込めた刑務所でもありましたこの記事では、曰く付き、ロンドン塔の歴史と逸話をご紹介します。

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ロンドン塔は元々、征服者ウィリアム1世が建てた要塞だった

(ウィリアム1世 イングランドを征服し、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となった 画像引用元:Wikipedia)

ロンドン塔の歴史は遥か遡ること1078年、ウィリアム1世がロンドンを外敵から守るために、堅固な要塞の建設を命じたことがはじまりです。ウィリアムは、自分の巨大な城砦が空を支配するだけでなく、敗北したロンドン市民の心をも支配することを意図していました。

(ロンドン塔 概略図 ホワイトタワーとウォーターゲートがあり、背景にはオールドロンドンブリッジがある 画像引用元:Wikipedia)

レンガ職人はノルマンディーから、石はフランスのカンから持ってきて、実際の労働の大部分は英国人がおこない、20年で現在のホワイト・タワーが完成します。

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国を守り、管理するために使われた

(Ivan Lapperによる、1300年タワーがどのように見えたかのイラスト画像引用元:https://www.hrp.org.uk/tower-of-london/history-and-stories/the-story-of-the-tower-of-london/#gs.agswus)

その後、ヘンリー3世(1216~72)とエドワード1世(1272-1307)はウィリアムの城を拡張し、巨大な(防御の)壁とそれより小さな一連の塔を取り付け、堀を広げ、「ロンドン塔 (陛下の宮殿にして要塞) 」を完成させましたそれから、ロンドン塔は国を守り、コントロールするために改造され発展していくことになります。

 

王の居城でもあったロンドン塔

(裏切り者の門の上の川沿いのセントトーマスタワーにあるエドワード1世の寝室 画像引用元:Wikipedia)

以降、王朝が変遷してからも国王が居住する宮殿として1625年まで使われその間、1419世紀にかけては造幣所や天文台も兼ね、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは王立動物園でもありましたロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1とされています。

(1621年頃のジェームズ 画像引用元:Wikipedia)

 

ロンドン塔の果たしてきた役割とは

(エドワード1世の下での拡張の最終期間後に登場したロンドン塔のモデル 画像引用元:Wikipedia )

また武器や鎧はここで作られ、検査され、1800年代まで保存されていました。ロンドン塔はまた国の資金の供給も統制しており、王国の貨幣は、エドワード一世の治世から1810年までタワー造幣局で作られました。国王や女王も、タワーに貴重品や宝石を保管していました。今日でも、王冠の宝石は兵士の守備隊によって守られています。

(大英帝国王冠(側面図) 画像引用元:Wikipedia)

 

ロンドン塔の、もう一つの役割

しかし歴ロンドン塔は畏怖と恐怖の目に見える象徴でもありました。それはこの塔が、君主が壁の中にライバルや敵を閉じ込める監獄でもあったからです

血の塔に消えた兄弟

(1483 エドワードとリチャード2人の王子画像引用元:Wikipedia )

ロンドン塔は1282年から、身分の高い政治犯を収監、処刑する監獄としても使用されはじめ、14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する死刑場となります。バラ戦争の間、ヘンリー六世は1471年にここで殺害され、その後、彼の偉大なライバルであるエドワード4世の子供達は、1483年に城壁の中に消えました。

(エドワード・リチャード王子 ロンドン塔にて不確かな運命を待つ姿 画像引用元:Wikipedia)

塔に送られた人々

(ロンドン塔のアン:Wikipedia)

800年以上の間、多くの人が自分がこの先どうなるかもわからず、この塔へと連れてこられました。数日しか滞在しなかった人もいれば、何年も滞在した人もいます。とくにヘンリー8世で有名なテューダー朝の時代、タワーは国内で最も重要な州立刑務所となり、エリザベス1ジェーン・グレイなど、「国の安全を脅かす」と判断された人はどんどんこの塔へ送られました。20世紀になっても、ドイツのスパイがここに連れてこられて、射殺されていました。

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ロンドン塔には幽霊が出る?

(トーマス・H・シェパード 「タワーヒルのロンドン塔」 画像引用元: Wikipedia)

多くの観光客がロンドン塔に刻まれた波乱の歴史に魅了されてきました。しかしこの塔には、常に「幽霊」の話しの話が付きまといます。アン・ブーリンは処刑現場であるタワー・グリーンをいまもうろついているといい、王室の許可なしに結婚したために逮捕され餓死したアルベラ・ステュアートは、いまも女王の家に出入りしているといいます。

(幼少期のアラベラ・ステュアート画像引用元:Wikipedia )

 

英国に伝わる、ワタリガラスの逸話

(ロンドン塔のワタリガラス:Wikipedia )

ロンドン塔には、世界最大級のワタリガラスが一定数飼育されています。ワタリガラスは大型で雑食の鳥で、1666年に発生したロンドン大火で出た大量の焼死者の腐肉を餌に大いに増えたとか(しかし、実際に記録されている死者はわずか5名だったといわれています)。当然塔にも住みついたのですが、チャールズ2世が駆除を考えていたところ、占い師に「カラスがいなくなるとロンドン塔が崩れ、ロンドン塔を失った英国が滅びる」と予言され、それ以来ロンドン塔では、一定数のワタリガラスを飼育するようになったとされています。

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あとがきにかえて

(タワー・グリーンの眺め(1900)7件の死刑執行があったとされている 画像引用元: Wikipedia)

ロンドン塔は依然として世界有数の観光名所であり、世界遺産でもあり、世界中から観光客を集めています王宮であり、要塞であり、監獄でもあり、数々の偉人の人生を刻み、見届けてきたロンドン塔。英国を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

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バンクーバー留学後、現地貿易会社にてインターン。貿易職を5年、世界30カ国以上の取引に携わる。通信会社にて通訳、翻訳に従事。フリーの翻訳やイベンター、司会業など複数の職を持ち英会話スクールのカウンセラーを併任。ダーリンはアメリカ人、ゆるゆる仲良くやっています。

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